不思議な「虫塚」の正体は?

昨日は建長寺の
「半僧坊」を紹介したのですが、
こちらはその途中にあるもの。

竹林の中にある不思議な空間には、
「虫塚」という碑が立っています。

虫塚……というと、
何やらシロアリがつくる
山のようなものを想像しますよね。

そんなおどろおどろしさと、
じつは掃除の方が入っていた関係で
近くにも行きづらかったのですが、
中央にある
白いカゴのような物体の集まりが
「虫塚」のパーツ。

その中央には、
ゾウムシを象った彫刻があるそうです。

ゾウムシといえば、あの方、
私も何度かお会いしていますが、
解剖学者の養老猛司さんが
研究者として知られています。

じつはこの「虫塚」、
養老さんが計画し、
建築家の隈研吾さんがつくりあげたもの。
周りのカゴのようなものは、
そのまま「虫カゴ」を
イメージしているんだそうです。

なんでこんなものがあるのかといえば、
「虫たちの供養のため」
とのこと。

確かに虫……といえば、
各種の害虫を私たちは
思い浮かべてしまいます。

でも考えてみれば、
昆虫たちがいるお陰で、
花は咲き、果実や野菜は実をつける。
それ以上に、
食物連鎖の中で虫が存在しなければ、
この地球の自然は成り立たないわけです。

そうすると私たちがこうして生きているのも、
虫たちが存在しているから。
その感謝と、地球上での共生関係が
永続するように……と。

建長寺のような大きな寺院に、
こうして「供養碑」がつくられたそうです。

なるほど、それを知ると
自然への感謝を象徴する
偉大なモニュメントなんだな
……と納得しますね。

少々、
わかりにくい場所にあることだけが
残念ですが、
建長寺に来たら、
ぜひ見学してみてくださいませ。



[効率無視の仕事術]

鎌倉の大寺院に隠された「天狗の山」

鎌倉の「建長寺」といえば、
有名な禅宗の大寺院。

13世紀半ばに
執権・北条時頼が建てたもの
……だそうですが、
巨大な山門や仏殿は
重要な文化財になっているので、
観に行ったことのある方も多いと思います。

この荘厳な建長寺の奥の奥に、
「天狗の山」があるのを
知っていたでしょうか?

それが画像の「半僧坊」という場所。
見ての通り、
崖の斜面には大量の天狗の像。
上からは鎌倉全域と湘南の海までが見渡せる
すごい場所ですね。

にしても、厳格な禅のお寺に、
なんでこんなファンタジーなものが
祀られているのか?

なんでも明治時代、
建長寺の和尚さんの夢に
「半僧坊」なる人物が現われたそうで、
寺の奥の山に
祀られることになったそうですね。

この「半僧坊」という人物は、
天狗なのか?
よくわからないですよね。

「半僧坊=半分、僧侶」
ということなのでしょうが、
その発端は南北朝時代、
浜松に「方広寺」という禅寺を開いた
無文禅師というお坊さんにあります。

彼は中国で禅を学んだのですが、
帰りの船が嵐に遭い、
難破しかけるんですね。

そのとき鼻の高い不思議な人物が
どこからともなく現れ、
船員たちを指揮して、
この苦境を救ったんだそうです。

やがて彼は
「仏教を学びたい」ということで
禅師に弟子入りし、
「半僧坊」と呼ばれるようになった。
その正体は天狗だったのでは……と。

やがてこれが「半僧坊大権現」となり、
災難よけの神様として
祀られるようになったようですね。

鎌倉の大寺院が、
天狗によって守られている。
ちょっと不思議ですが、
観光地の奥の奥、
けっこう山を登ってたどりつく、
神秘的な場所になっています。

機会があったら、
ぜひ行ってみてくださいませ。





[仕事ができる人の歴史入門]
夏川の「日本史」入門はこちら

新しい時代、新しいジャンルの仕事

写真は有楽町の近くですが、
いつのまにかできていました。
2020年のオリンピック関連施設。

「有楽町インフォス」という施設を使って、
大会の情報提供や、
ボランティアの受付も
ここで行なっているようですね。

運営は東京都のようですが、
「よくもこんなところ」で思いきや、
そういえばその昔、
都庁舎はここにあったんですよね。

駆け出しのころ、
都の出版物の仕事で
よくここに来ていました。
当時は新宿の庁舎はできていたのですが、
一部機関だけ残っていたんです。

まあ、そんな自分にとっては
自分の仕事をステップアップさせてくれた
思い出深い地。
じつはこの近くで先日、
また新しい可能性を開くような
仕事の打ち合せをしてきました。

何かといえばウェブ関連の仕事ですが、
どうしてもウェブ関係の
ライティングというのは、
いままで小さな仕事が多かったもの。

それでも勉強と思って引き受けたことも
多かったのですが、
今回はトータルにすれば、
本1冊に匹敵するような
ありがたい話です。

驚くのはやはり、
ウェブのコンテンツに対して
それだけの投資をする会社が
ちゃんとあるということですね。

決して大きな会社ではありませんが、
ここを充実させることが
「将来に大きくかかわる」と
考えている。

これだけ世にはウェブの記事があふれ、
端から見ると、
「誰が見ているんだろう」なんてことも
思ってしまう。
だいたい観るぶんはみんな無料で、
決して「儲かる仕事」ではありません。

でも、それでも……。
雑なことをせず、
情報発信の質を高めている会社が
最終的には残っていくのかもしれない。
そんなふうに思いましたね。

文章を書く人間は誰でもそうでしょうが、
いまの情報氾濫時代には
危機を感じているでしょう。

けれどもその仕事をしている以上、
「いつか報われる」と信じて、
時代に対応した技術を磨いていくしかない。

そんなふうに思っていますから、
要望にはどんどん応えていこうと
考えています!



[お仕事のページ]

いよいよ古代史ミステリーに注目か!?

大学時代、
考古学を学んでいた私にとっては、
とても嬉しい話。

大阪府の
「百舌鳥・古市古墳群」が
世界遺産に登録される見込み
……とのことですね。

じつは確認されているものだけで、
40以上も古墳があり、
中にはちっこいのもあるのですが、
これが全部、世界遺産になるのか……?

その辺はわからないのですが、
とにかく有名なのは
「仁徳天皇陵」として知られる
世界一の広さをもった陵墓ですね。
その全長は480メートルにもなります。

クフ王のピラミッドや、
始皇帝陵と合わせて、
「世界三大墳墓」などとも言われます。
まあ、何をもって「3大」なのかは
別にして……ですが。

ただ、私たち誤解してはいけないのは、
「仁徳天皇陵」と言われてはいますが、
埋葬者はハッキリしていません。

これだけの大きさの規模だから、
当時の「王=天皇」だろうと、
宮内庁の管轄になり、
昔から仁徳天皇陵に当てられていた
……というだけ。

だから学術的には、
「大山古墳」とか。
「大仙陵古墳」と呼ぶのが
正しいんですね。

被葬者がわからないというのは、
宮内庁の管轄で
発掘調査ができないこともあります。
ただ、実際に掘ったとして、
埋葬者を特定できるものが
見つかるかどうかはわかりませんよね。

実際、堺市の公式ガイドを見ると、
こう書いてあります。
「仁徳天皇陵とされていますが、
日本書紀などに伝えられる
仁徳・履中の在位順とは逆に、
履中天皇陵古墳よりも
後で築造されたことがわかっています」

仁徳天皇が亡くなったのは4世紀とされ、
古墳の建造は5世紀とされますから、
実際は後の人物の可能性も高そうです。

仁徳天皇は、
民家のかまどの火が
あまりのぼっていないのを見て、
税を下げたとされる善政で知られた人。

とはいえ、詳しいことは
まったくわかっていません。

大和にあった王権から、
突然に大阪に現われた
空前の規模の巨大古墳群。
その埋葬者はよくわからない……と。
じつは日本史の古代には、
まだまだミステリーが残っているんですね。

いずれにしろ、
世界最大級の墓をつくる統治者が
日本にいたのは事実。
謎を含めた世界遺産として
皆が関心を持つといいのかもしれません。



[仕事ができる人の歴史入門]
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創建350年、生まれ変わるとこうなる

こちらの写真、何やら水をたたえた、
美しい建造物ですが
「水庭」というものだそうです。

禅のお寺に行くと、
石庭などがあったりします。
禅の思想を岩や砂で
表現しているわけですが、
こちらは「水」で表現しているわけですね。

このすごい庭があるのは、
港区の瑞聖寺というお寺。

あまり有名ではありませんが、
じつは私にとっては昔からの馴染み。
というのも、
通っていた小学校の
正面にあるお寺なんですね。
よく遊び場にしていました。」

古い鐘も残っていて
年末には家から除夜の鐘が聞こえます。

じつは非常に歴史のあるお寺で、
建てられたのは
1670年という江戸初期のこと。

禅の一派である
黄檗宗の寺院として
摂津麻田藩が建てたそうです。
壮大な大雄宝殿は、
重要文化財にも
指定されているんですね。

これが昨年、創建350年ということで、
大きくリニューアルされました。

大雄宝殿はそのままですが、
これを映し出す形で、
この水庭もつくられたわけです。

じつはアートプロジェクトということで、
芸術家と組んだプロジェクトも
行なっているこのお寺。

なので新しい技術を
ふんだんに取り入れ、
古さと新しさをもった
場所に生まれ変わったんですね。
久しぶりに立ち寄って
ちょっとビックリしました。

それでも七福神の
布袋さんを祀ったりして、
人気のある場所です。

近くに来たら
ぜひ寄ってみてくださいませ。



[公私混同の時間]