リーダーに必要な、たった1つのこと

本日はこちらの本の紹介。

世界一ワクワクするリーダーの教科書
というもの。

きずな出版さんから、1月18日に発売。
発売後すぐ、アマゾンでは
総合100位以内に入っていますね。

著者は居酒屋の「てっぺん」を
創業したことで知られる
大嶋啓介さん。

現在は日本全国で講演をするかたわら、
有名な高校野球部のメンタルコーチなども
引き受けています。
なので本書のオビを見れば、
阪神タイガースの矢野監督なども
推薦されているからスゴい。

そんな大嶋さん、
リーダーに必要なことは
たった1つでいいんだ……と
おっしゃっています。

それが表題の「ワクワクしている」こと。

つまりリーダー自身が、
その仕事を、チームの未来を、
あるいは人生を、
楽しんでいなければしょうがない。

逆にいえば、
細かなマネジメント論やスキルよりも、
ワクワクする心持ちをつくることが
一番大切だ……ということ。
そんな破天荒なリーダー論が、
いままであったでしょうか?

けれども高校野球のチームに行けば、
大嶋さんは、すぐに感じるそうです。

勝てない……なんて苦しんでいるチームは、
だいたい監督が不機嫌なことが多い。
「みんなやる気がない!」とか、
「言ったこともできないのか!」
なんて言いながら、
イライラして、怒ってばかりいる。

その不機嫌がチームに伝染していくから、
いつまでも結果が出てこない……。
会社組織も同じですよね。

逆にリーダーが、
あらゆることを楽しめるようになれば、
チームはまたたく間に変わっていきます。

でも、部下が結果を出していないのに、
ワクワクすることなんてできるのか?

やる気のない連中ばかり、
言うことを聞かない連中ばかり、
あるいはリーダーに逆らう連中ばかり……。
それでもワクワクすることなんて
できるのか?

これが「できる」んですね。

本書の中で大嶋さんは、
さまざまな実例を紹介するとともに、
たくさんのワークも挿入しています。

リーダーの方はもちろん、
これから自分が主体となって
仕事をしていきたい……考える人は
ぜひ一読されるといいでしょう。

たとえ困難を迎えていたとしても、
仕事をしている「いま」が楽しくなります!



[お仕事のページ]

賢者サロンは30日から、皆で作戦会議をしましょう!

すでにメルマガでは告知していますが、
2020年の「賢者の会」。

まずは30日に、
「賢者サロン」を開催しようと思っています!

2020年はバージョンアップし、
本格始動したいと思っている「賢者の会」。
2月には正式な会も行ないたい
……のですが、
その前の戦略会議として
打ち合わせがてら、
集まった人の意見を聞くような場を
つくりたいと考えています。

すでにいろいろ
内輪では意見交換を行なってきました。

今年からの試みとして、
始めたいのは「サロンブック」を
制作していくというもの。

「賢者のサロンブックを
作るのっていかがですか??
参加者一人ひとりの得意なこと等を
文章にして集積していく。
小冊子に最後仕上げていくイメージです」

こちらは酒井さんの意見。

しばらく「賢者の会」をお休みし、
「賢者サロン」を始めたのも、
もっと皆が関われるコミュニティをつくりたい
……と考えたから。

講師さんの話を聞くセミナーであれば
いたるところにあるわけですから、
私たちの集まりでは
ちょっと違うことをやりたかった。

その意味で、
こうした各自のデータブックをまとめるのは、
趣旨にものっとっているかもしれません。
ゆくゆくは
「皆が作家になれる会」になると、
それはそれでスゴいかも……。

いずれにしろ正式な告知は、
またフェイスブックのイベントページなどで
行ないます。

いろんなプランを現在もまとめていますが、
「賢者の会」も確実に再開します。
ぜひ楽しみにしてください!

今年も皆で楽しく会を行ない。
昨年よりも実質的に、
皆がバージョンアップできたらいいですよね。
新しいチャレンジを
どんどん行なっていきましょう!



[賢者の会・賢者のビジネス研究所]

オーストラリアと火災の歴史

今日は久々、東京は雨が降り、
ものすごく寒い1日になりました。

暖房の近くで毛布をかけていたら、
いつのまにか眠ってしまっていた……。

そんな寒い日の一方で、
雨を待ち続けているのは
南半球のオーストラリアでしょうね。

画像は個人的な思い出もあるそうで、
オーストラリアを全面に出している
賢者の会に参加しているJさんの名刺。
Watanabeがデザインしたものです。

コアラの危機……という話は、
以前にブログでも書きました。

とうとう焼失面積は
日本の本州の半分になったそうで、
生物の喪失だけでなく、
大気汚染や水質汚染など、
さまざまな影響も懸念されています。

全豪オープンに出場していた選手が、
突然、呼吸困難で
倒れたりもしていますから、
尋常ではないですよね。
日本の自衛隊も派遣されました。

今回の森林火災、
オーストラリアの観測史上では
120年間で最も大きな被害を出している
……と発表しています。

120年前といえば、
ようするにオーストラリアという国が
誕生した頃。
それ以前はわからないわけです。

ただ、オーストラリアの森林火災は、
国ができる前から
「毎年のこと」ではありました。

そもそもこの時期、気温上昇と乾燥で、
植物が自然発火することは知られていました。

森の生態系も
「火事になること」を前提で
進化してきた経緯があり、
火事を利用して種を拡散する植物もあれば、
ついた火を利用して獲物を捕獲する鳥も
オーストラリアには存在するそうです。

そんななかで人類も、
先住民の頃から
焼き畑農業を行なっていました。

だからこうした、
「火事なんて当たり前」の日常が、
今回の大災害への対応に
遅れを生んだのではないか……という
指摘もあるんですね。

考えてみれば、
日本の地震や台風と同じで、
何度も悲劇を体験しているのに、
私たちはついつい対策を忘れてしまいます。

とくに環境が激変しつつある
現在の地球。
自然に対して「いつものこと」
……なんてないんだと、
私たちは再認識する必要があるでしょうね。



[仕事ができる人の歴史入門]
夏川の「アジア史」入門はこちら

Back to the 1995

1月17日は、阪神淡路大震災から、
ちょうど25年という
節目だったそうです。
もうそんなに経つんですね。

1995年、平成にすると7年のこと。

当時、私は最初に入った会社に
スーツ姿で出勤していました。
まだ20代のころですが、
全国に支社を持っていた会社ですから
大混乱していた記憶があります。

こんなことがあるんだな……と、
当時は驚いていたかもしれない。

じつはこの年の3月に、
私はこの務めていた会社を退職しています。
そのころに起こったのが、
オウム真理教の
「地下鉄サリン事件」でした。

いまでも覚えているのですが、
無職状態でまだ寝ていた私は、
「お母さん、無事でしたよ」という電話で
叩き起こされました。

なんの話かと、テレビをつけると、
世の中は大騒ぎ。
母親はたまたま事件のあった
丸の内線で外出していたんですね。

その後、面接で
社長とオウム雑談をした出版社に
私は再就職。

考えてみれば1995年は、
私にとっても大きな転機になりました。
この年から私が始めていることは、
次のようなもの。

・編集者としての企画づくり
・ビジネス書を読む
 ……というか、私はこの年に
「ビジネス書」なるものが、
世の中にあるのを知ったかもしれない
・Macを使った書籍制作
・私服でのラフな出勤
・髪の毛の色を染めた

画像は辞めた会社の後輩からもらった
目覚まし時計。
壊れているけれど、
なぜかお守りのように持っています。
もう25年も置いてあるんだなあ……。

ちなみに「時事ドットコム」というサイトで、
1995年の国内10大ニュースを見ると、
次のような順位になっていました。

1 阪神淡路大震災
2 地下鉄サリン事件
3 住専などの不良債権問題
4 大和銀行の巨額損失
5 沖縄での米兵による少女暴行事件
6 青島幸男さんと横山ノックさんの知事就任
7 景気低迷による就職難
8 三菱銀行と東京銀行の合併
9 野茂英雄投手のメジャーリーグの大活躍
10 二信組事件

自然災害があり、社会的な問題が吹き出て、
一気に経済システムが崩れ
世の中の仕組みが変わっていったのが
この年だったのかもしれません。

とくに40代以降の方は、
1995年に自分が感じたことを
思い出してみてはいかがでしょう。

いまの時代を乗り切る
大きなヒントが隠されているかもしれませんよ!



[公私混同の時間]

長く愛されるには理由がある

昨年いただいたお菓子。
ご存じの方は多いでしょう。

上野凮月堂の「ゴーフル」ですね。

子供のころはよくもらった気がします。
丸い缶もお馴染み。
でも、今となると、
食べたのは久しぶりかも。

あらためて手に取るとデカイですよねえ。
直径15センチだそうです。
3種類入っていますが、
サクッとした定番の安定した味ですな。

そもそもこのゴーフルって、
洋菓子なのか? 和菓子なのか?
上野凮月堂のホームページを見ると、
会社もお菓子も
とんでもなく長い歴史をもっていることが
わかります。

まず上野凮月堂が創業したのは
1747年のこと。
いまからおよそ270年前の江戸時代です。

大坂で人気のあったお菓子を
江戸の町にも普及させたい……と、
「大坂屋」というお店をつくったんですね。

やがてこのお菓子が評判となり、
その仕事に感銘を受けた
「寛政の改革」の実行者・松平定信が
「凮月堂」の名を贈ったそうです。

そんな凮月堂が
「ゴーフル」をつくったのは、
いまから90年前の1929年のこと。

「洋風の煎餅をつくりたい」と、
研究に研究を重ね、
アメリカ製のクリームを取り寄せ、
現在とほとんど変わらない味を完成させたとか。

欧米の似たお菓子から、
「ゴーフル」と名付けられました。

それから大きく洋菓子に転じていきますが、
残念ながら日本はその後すぐ戦争になり、
お菓子の製造は中止されます。

ただ、戦後、凮月堂は逸早く店を再開し、
ゴーフルを復活させ、
現在はその味を「上野凮月堂」が
継いでいるとのことです。

そんなふうに
江戸からの伝統を継承しながらも、
時代の好みに合う味をつくってきた会社。

日本のお菓子の店というのは、
本当に根気づよいところが多いですよね。
間違いなく私たちが誇れる
文化の1つだと思います!



[効率無視の仕事術]