なぜ十代の少女に大国が敵わなかったのか?

5月30日は、この方の命日だったそうです。

フランスの英雄にして、永遠のアイドル。
享年は19歳……。
異端者として火刑に処される……という
非常に哀しい最後だったのですが。
それでも聖女になり、
この日は後に記念日になっています。

ジャンヌ・ダルクですね。
いまから600年くらい前に、
颯爽と生き抜けた女性でした。

そもそも農家の娘として生まれた彼女ですが、
12歳のころに神の声を聞いた
……とされます。

当時のフランスは
「100年戦争」の真っ最中で、
国土の多くを
イギリスに支配されていました。

彼女は16歳のころに立ち上がり、
軍勢を率いて、
このイギリスの軍を
次々と打ち破っていったんですね。

ただ、その影響力を
フランス王は恐れもしたのでしょう。
その結果、
魔女裁判の犠牲になってしまいました。

それにしても軍事の知識なんて皆無の
10代の農家育ちの女の子が、
屈強な騎士たちを圧倒したんです。
まさか本当に
そんなことができたのかどうか?

さまざまな説があるようですが、
意外と「素人の彼女だからできた」んじゃないか
……とも思います。

というのも、彼女はいまでいう
「イノベーター」だったんです、

当時の騎士たちの戦い方といえば、
やれ、どこどこの家の誰々だ……」と
名乗りをあげ、
作法に乗っ取って剣を交えるようなもの。
しかも儀礼的に着けた重い甲冑は、
戦場でまったく動けません。

ただ、それが貴族の伝統であり、
「常識」でもあったんです。
でも、そんなことは農家の娘の
知ったこっちゃない……。

慣れ親しんだ馬を駆使して、
身軽な服装をした騎兵団を組織し、
戦場を駆け回って、奇襲攻撃をかける。
そんな常識外の戦い方をされたのでは、
頭の固い昔ながらの貴族たちが
勝てるわけもありません。

それに現代女性並みの勇気と根性と
皆から愛される資質や神性が加われば、
どこの軍より強い軍はできそうですよね。

これは仕事の世界も同じでしょう。
「古い常識」が枷となって、
自らの首を絞めていることは多い。
一度、頭をまっさらにして、
「素人の立場」から発想の転換をすることは
とても大切な気がします。

その点ではやはり、
彼女はいまでも称賛すべき、
永遠の「アイドル」なのかもしれませんね。



[仕事ができる人の歴史入門]
夏川の「アジア史」入門はこちら

なぜ十代の少女に大国が敵わなかったのか?

5月30日は、この方の命日だったそうです。

フランスの英雄にして、永遠のアイドル。
享年は19歳……。
異端者として火刑に処される……という
非常に哀しい最後だったのですが。
それでも聖女になり、
この日は後に記念日になっています。

ジャンヌ・ダルクですね。
いまから600年くらい前に、
颯爽と生き抜けた女性でした。

そもそも農家の娘として生まれた彼女ですが、
12歳のころに神の声を聞いた
……とされます。

当時のフランスは
「100年戦争」の真っ最中で、
国土の多くを
イギリスに支配されていました。

彼女は16歳のころに立ち上がり、
軍勢を率いて、
このイギリスの軍を
次々と打ち破っていったんですね。

ただ、その影響力を
フランス王は恐れもしたのでしょう。
その結果、
魔女裁判の犠牲になってしまいました。

それにしても軍事の知識なんて皆無の
10代の農家育ちの女の子が、
屈強な騎士たちを圧倒したんです。
まさか本当に
そんなことができたのかどうか?

さまざまな説があるようですが、
意外と「素人の彼女だからできた」んじゃないか
……とも思います。

というのも、彼女はいまでいう
「イノベーター」だったんです、

当時の騎士たちの戦い方といえば、
やれ、どこどこの家の誰々だ……」と
名乗りをあげ、
作法に乗っ取って剣を交えるようなもの。
しかも儀礼的に付けた重い甲冑は、
戦場でまったく動けません。

ただ、それが貴族の伝統であり、
「常識」でもあったんで。
でも、そんなことは農家の娘の
知ったこっちゃない……です。

慣れ親しんだ馬を駆使して、
身軽な服装をした騎兵団を組織し、
戦場を駆け回って、奇襲攻撃をかける。
そんな常識外の戦い方をされたのでは、
頭の固い昔ながらの貴族たちが
勝てるわけもありません。

それに現代女性並みの勇気と根性と
皆から愛される資質や神性が加われば、
どこの軍より強い軍はできそうですよね。

これは仕事の世界も同じでしょう。
「古い常識」が枷となって、
自らの首を絞めていることは多い。
一度、頭をまっさらにして、
「素人の立場」から発想の転換をすることは
とても大切な気がします。

その点ではやはり、
彼女はいまでも称賛すべき、
永遠の「アイドル」なのかもしれませんね。



[仕事ができる人の歴史入門]
夏川の「アジア史」入門はこちら

「隠れ家」の仕事術

こちらは仕事で訪れた、
とある経営者さんのオフィスというか、
サロンルームから見た風景。

東京の某所のタワーマンションですが、
まあ、とにかくスゴい景観ですよね。
壁の二面が窓になっていて、
東京が一望にできます。

左側には東京タワーも見えてますから、
夜はさぞキレイだろうなあ……。

この景色が見える部屋は
ソファーをぐるみと囲み、
非常に居心地がいい感じです。
家主さんはここに人を集め、
小規模のセミナールームとして
活用したいそうですね。

「場所が仕事をつくる」というのは、
師匠だった佐藤富雄先生に
よく言われたことです。

私は独立してすぐ、
東京の恵比寿に事務所を構えました。
そうすると編集者さんが、
「遊び場」とか「隠れ家」のように
気ままに来てくれるようになったんですね。
そのことが結果的に
自分の仕事を押し上げてくれるように
なりました。

時代が変わり、
そうした場所に投資できたのも
過去の話。

でも、
「場所が仕事をつくる」という事実は
変わっていません。

オフィスは持てなくても、
皆さんを招くことができるような場所を、
頭の中に意識すれば、
しだいに「あの人に会うのは楽しいな」と、
皆さんが感じてくれるようになります。

だから、たとえば
「スターバックスを使う」なんてときでも、
賢者サロンでは、人があまり混雑せず、
居心地のいい大崎のお店などを
使っています。

こういう配慮は仕事を押し上げますから、
じつはとても重要なことなんですね。

でも願わくば本当は、
また事務所を復活させたい(苦笑)

こういう「場所」に
こだわる方のところへ行くと、
やはり大きな刺激を受けますね。

夢を膨らますにはいいことです!



[夏川が出会った「できる人」たち]

メモリアルで生まれた、こんな図鑑!

こちらは本屋さんで、
山積みになっていました。

学研の図鑑!……です。

子供のころ、私は大好きでした。
「懐かしいな」と思って、手に取ると、
そこには「超人」という文字。

超人の図鑑……?
これ、動物図鑑とか昆虫図鑑に並んで、
図書館に「超人」と入るんだろうか!?

ものすごくシュールですが、
この「超人」とはよく見ると、
「キン肉マン」に出てくる超人です。

それも懐かしい。
ロビンマスクとか、
テリーマンなどという奴らですね。

じつはこちらに記事もありますが、
https://gkp-koushiki.gakken.jp/2019/03/04/7364/
キン肉マンの40周年と、
学研の図鑑の50周年ということで、
こんな出版社の垣根を超えた
壮大な企画が生まれたようです。

学研の図鑑もそうですが、
キン肉マンもやはり、
子供のころにリアルで熱中したもの。

私が子供のころは
それこそ「少年ジャンプ」の
全盛期でしたからねえ。

もうそれが40年になっている。
リニューアルし、続編展開し、
いまだに新しいファンをつかみ
人気を集めているのは、すごいことです。
オリジナルのプロレスラーとか、
みんな知らないだろうになあ。

やはりすごいのは、
完全に「図鑑編集」になっていること。

「魚類のなかま」とか、
「岩石・好物のなかま」とか、
誌面の構成は、その昔にワクワクした
動物図鑑などの構成とまったく同じもの。

編集者を志したときは、
案外とこういうのやりたかったんですよねえ。
なんか図鑑の仕事って
できないだろうか(笑)

ともあれ、
「子供のころ好きだったもの」が
いまだ現役で愛され続けているのは、
素晴らしいことです。

出版業界は転機を迎えていますが、
どちらも大きな貢献をし続けている
偉大なコンテンツ。
できれば永遠に売れ続けてほしいですね。



[効率無視の仕事術]

日本最初の「国賓」は?

本日は宮中で、トランプ大統領の
歓迎式典が行なわれました。

ニュースで見た方も多いでしょうが、
大統領を颯爽と迎えた天皇と皇后。
なんとなく日本人として
誇らしかったですよね!

大統領は、令和初の国賓ということで、
大変に名誉に感じていたようです。

それで気になったのですが、
ではでは、
「日本が迎えた最初の国賓」
というのは、
いったい誰だったのだろう?

この「国賓」という定義も難しいのですが、
毎日新聞の記事によると、
国家元首に当たる人物として
日本を最初に訪れたのは、
やはりアメリカ大統領!

といっても、当時はすでに
任期を終えていたのですが、
旅行がてらで日本にやってきました。
18代大統領の
ユリシーズ・グラントという方です。

写真のようにお札にもなっています。
でも、「グラント将軍」
という言い方のほうが一般的でしょう。
南北戦争の英雄でした。

優れた武将として
リンカーン大統領の下、
北軍を勝利に導いたグラントさん。

でも政治家としては「問題あり」で、
数々のスキャンダルを起こして、
アメリカ最悪の大統領
……とも言われたんですね。

任期を迎えたあと、
グラント元大統領は世界周遊旅行に出かけ、
日本にも寄ることになった。
そこで当時はまだ20代だった明治天皇が、
「国賓」として迎えたわけです。

なんとなく評判の悪さは
今に似ているところもあるかも……ですが、
さすが現代と同じ。

天皇は全力で、
「おもてなし」します。

日光へ行ったり、歌舞伎や能を観たり、
流鏑馬(やぶさめ)なども観たそうですが、
これを大変に名誉に感じたそうなんですね。
「恐れ多い」と、
固辞したおもてなしもあったそうです。

少し意外ですが、明治の頃から
かの大国の大統領は、
決して日本の天皇を軽んじてなどいなかった。
ずっとその歴史は、
戦中を経験して現在も変わってないんだな
……と。

アメリカ人から見れば、
日本はやはり古い歴史のある
「権威をもった国」ということなのでしょう。
そのことは他ならぬ
私たち日本人がちゃんと
理解していないといけないですね。



[仕事ができる人の歴史入門]
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