お寺にいまも残る「武士道」

画像は近くにある古い禅寺。
小さいのですが、見ての通り
厳格なたたずまいをしています。

「興禅寺」
というところですね。

住宅地の中にあり、
人通りは少ないのですが、
毎回のように教訓めいた言葉が
貼り出してあります。

「子供は親の言うようにならぬ
親のしているようになる」

うん……。
ここを通る親御さんたちは、
見るたびに「ハッ」と気づき、
反省をうながされるのではないか(笑)

まあ、
いかにも厳しいお坊さんがいるような
厳格なお寺そうですよね。

じつは調べると、
史跡としても江戸時代にさかのぼる
古いお寺のようです。

なにより縁のあるのあるのが、
会津藩だということ。
会津といえば、幕末のころ、
武士の誇りで
新政府に最後まで
逆らったところですよね。

白虎隊の悲劇でも知られる
幕末の会津。
じつはその会津藩の家老だった
菅野権病兵衛さん、という方のお墓が
ここにあるそうです。

会津藩と明治政府軍が戦った
会津戦争。
最後に会津は敗れますが、
その責任を藩主の松平容保が
問われることになった。

その際、
「藩主には責任がありません。
かの戦争は、すべて私に罪があります」と、
切腹して果てた家老がいた。
それがこの菅野さん
……ということだったのですね。

そのお墓が港区にあるのは意外でしたが、
結果的に容保はゆるされ、
武士の時代は終わることになる。

いわば忠義に殉じた
「最後の武士の1人」を擁護したお寺が、
ここだったわけです。
そりゃあまあ、
厳格な教えを貫き通すわけですね。

もう日本人から消えつつある武士道。
でも、ちゃんと
それを守っているところもある。
そんなふうに考えたいものです!



[武士道の読み方]

第2回目の「賢者のサロン」を開催しました!

本日の夕方は大崎にて、
2回目になる「賢者のサロン」を
開催しました!

私とイラストレーターWatanabeと
酒井さんのほか、
薬膳のプロ・原田さん、
弁理士の奥谷さん、
動画プロの実藤さん……と。

急遽の呼び方にもかかわらず、
3人の方に集まっていただきました
本当にありがたいことですね!

短い時間でしたが、
みんなとお話しする中で
面白い企画が盛り上がりました。

たとえば今年は、
ユニークなお食事会が実現するかも。
こちらは楽しみですね。

それから再開する「賢者の会」。
新1回の内容も、
ようやく具体化してきました。

最初ですから、
さすがに私がメーンになって
何かをやろうとは
思っていたのですが、
私だけでは心もとない、

でも、新しく始まる
「賢者の会」には、
のび太君がちゃんとついています。
(詳細は『のび太でも売れます。』を)

新しい会の始まりは
夏川&酒井で、
「元気が出るトークライブ」
というのを、
開催する予定です。

考えてみれば
「できる人研究家」として、
いろんな人に会ってきた私。
「人を元気にしてくれる人」
に関しては、
誰よりも多くの引き出しを持っていました。
これをかなり生かせそうですね。

詳細はまた告知しますので、
楽しみにしてください!

スターバックスでのサロンのあと、
そのままちょっとした新年会。
「銀座LION」のビールですが、
そういえばこういうのは
今年はじめてだったかも……。

なんかやっと、
何かが動き出した感じが
出てきました!



[賢者の会・賢者のビジネス研究所]

「使いやすく!」の単純発想

検査入院を終え、
母親が退院してきているのですが、
移転したばかりの
最新施設の整った病院だったことは
前にブログに書きました。

そこで出された薬を見て、
ちょっとオドロキ。
画像のように、すべて
「朝食後」とか「夕食後」などと
使用に合わせて
パッケージしてあるんですね。

最近は全部、こんな感じなのか。
それとも高齢者に対する、
新しい病院のサービスなのか。
いまどきは病院も、ちょっとだけ
消費者意識が芽生えたのか……と、
少し感心しました。

だいたい最近の病院というのは、
薬をやたらたくさん出しますよね。

たぶんそういう法律になっているから
……でしょうが、
その1つひとつを
薬剤師さんが丁寧に説明してくれます。

たくさんの種類の薬が、それぞれ機能を持ち
1日の分量も異なっている。
これは1日3回で、こちらは2回。
こちらは必要なときだけ……。

なんて「わかるのか」といったら、
ややこしくてわかるわけがありません。

私がわからないのだから、
そりゃあ70代、80代という高齢の方が、
すべて把握できるわけもありませんよね。

だったら病院のほうで、
放っておいても使用できるように
配慮しなければいけない。
健康にかかわることなんですから、
そりゃ当然ですよね。

こんなふうに
「1回1回の使用分量に分ける」
というのは、
単純だけど、
最もわかりやすい方法になるわけです。

こういうことをやり出したというのは、
やはり病院も、
選ばれる時代になったからでしょうか。
相変わらず薬の処方に時間がかかるのだけは、
何とかしてほしいのですが、
そういうのも段々と
変わっていくかもしれませんね。



[効率無視の仕事術]

24日、少しだけサロンを開設する予定です

本日は告知ですが、1月24日、
メルマガでは案内していたのですが、
少しだけ「賢者サロン」を
開設する予定です。

時間は6時から、
場所は前回同様、
大崎ブライトタワーの
スターバックスになります。

少し唐突の告知、
時間も遅くの開催で
本当に申し訳ない……のですが、
今回はふだん忙しい
賢者サロンのアドバイザー
のび太君ことSさんが時間をとれるとのこと。

それで打ち合せついでに、
サロンも呼びかけてみては?
……ということになりました。
まあ、
「おヒマな方は寄ってくださいな」
という感じでしょうか?

いろいろ思考錯誤の中、
再開催も遅れている「賢者の会」。
皆さんの年賀状に、
「またぜひ参加します」という
メッセージを書いていただき、
大変恐縮に思っています。

すでに昨年からサロンは開催していますが、
ようするに私個人が、
皆さんの意見を聞き、
何か可能性を探りたい……と思って
始めたこと。

実際、私自身は何冊も何冊も
本を出版できるわけではないし、
カリスマ作家ではとうていありません。
むしろ文章表現を学び、
何らかの思いを文字にすることに特化した
編集者だと考えています。

業界の構造が変わるなかで
そんな私がどんなふうに、
皆さんの役に立てるのか?
そういうことを真面目に考えた結果、
「自分だけではわからないので、
みんなの意見を聞いてみよう」
と考えたわけですね。

それが皆さんのビジネスにも
つながれば言うことはない。
だから自由参加の形にしています。

「何かこういうことをしてくれないか?」
とか
「こんなことがやりたいんだけど」
という方が、
勝手に来ていただき、
場合によっては誰かを紹介したり、
プロジェクトや企画に発展させられたら
素晴らしいのではないか。
ちなみにこちらが、前回の記事。
http://gao-kai.com/?eid=3334

ということで、
今回に限らず続けながら、
また「賢者の会」も再開させようと
思っています!

お時間のある方は、気楽に来てくださいね。



[賢者の会・賢者のビジネス研究所]
2019,01,23, Wed 03:16
デキる人研究所ブログ 】 comments (x)

目黒駅周辺が「花房山」なのはなぜ?

写真はJR目黒駅の
ターミナルの向かい側。

昨年に新しい高層ビルができて、
すっかり模様替えしています。
いつのまにか広い通りもできていますが、
「花房山通り」と呼ばれているようです、

花房山……。
じつは五反田から目黒にかけて、
この辺りは小高い丘になっているのですが、
じつはこの周辺、
品川区と港区の間になりますが、
5つの「山」が知られています。

「御殿山」「八ツ山」「島津山」
「池田山」「花房山」……と。

それぞれ地名に痕跡を留めていますが、
昔から高級住宅地として
知られている場所なんですね。

そのうち島津山と池田山は、
それぞれ島津家や池田家の
お屋敷があった場所。

では、花房山は……というと、
じつは明治時代の外交官、
花房義質(よしもと)さんの
屋敷があった場所とのことですね。

けれども、誰それ?
……という人がほとんどでしょう。

じつは明治時代の外交官で、
朝鮮半島にとっては
日本におけるペリーやハリスに
匹敵するような人なんですね。

仕事ができる人の「アジア史」入門
から抜き出すと、
明治時代に列強国に並ぼうとする日本は、
欧米に倣い、
お隣の国に軍事圧迫をかけます。

そして1875年に日本側有利の
「日朝修好条規」を結び、
当時の李氏朝鮮を開国させるのですが、
その交渉役が
この花房義質さん、だったわけですね。

のちのち朝鮮半島では
武装蜂起が起こり、
それを機に日本は併合に乗り出します。

そうすると花房さんは、
ある意味、日本のアジア征服の
担い手となった人物
……でもあったのですが、
のちには日本赤十字社の
社長にもなっています。

命がけでその任務をまっとうした人、
というのは間違いないでしょうね。

歴史上ではあまり知られませんが、
こうして東京のメジャーな町に
名を残しているのは案外とすごいこと。
記憶に留めておきましょう!



[仕事ができる人の歴史入門]
夏川の「アジア史」入門はこちら