Words of wisdom3〜老兵は死なない

「老兵は死なず、ただ消え去るのみ」

こちらは、
ダグラス・マッカーサー元帥の有名な言葉。

1951年の4月19日、
連合国軍最高司令官の任を解かれ、
軍務を引退することになったとき
述べた言葉です。

ちなみに辞めることになったのは、
朝鮮戦争での失敗が大きな原因でした。

マッカーサーといえば、
第二次世界大戦に敗れ、
占領下に置かれた日本を統治した人物。
よくも悪くも、
戦後の日本の形は、
この人の下につくられた……と言えるでしょう。

その影響は政治面ばかりではありません。
ビジネスにも、
大きな刺激を与えているんです。

それが写真に紹介した。
「青春とは、心の若さである」
という詩。

「青春とは人生の或る時期を言うのでなく、
心の様相を言うのだ」

これが正しい文句ですが、
19世紀〜20世紀を生きた
ユダヤ人の聖職者であり、文学者。
サムエル・ウルマンさんの詩の一節です。

これをマッカーサー元帥は、
座右の銘にしていたんですね。

そもそも
「ただ消え去るのみ」などと言いながら、
引退後も強力な存在感で
活動していたのがマッカーサーです。

大統領のポストも狙っていたし、
日本も含め、世界中で講演活動もしていた。

その講演で、
「青春とは、心の若さである」という文句を
各地で紹介したんです。

当時の日本は戦争における影響で、
中堅層がごそっと書けていた頃。
復興はいいけれど、
高齢層か若手のどちらかが
主軸になるしかありません。

でも、
「何歳になっても、
心が若ければ、いつまでも青春なんだ」
という言葉。

これに諦めモードだった
高齢層の人々に火がついたんですね。
彼らの奮起が若手に引き継がれ、
その後、日本は
空前の成長を実現するわけです。

ちなみに、やはりこの言葉に
強い影響を受けたのが、
かの松下幸之助さん!

彼は晩年にウルマンの詩を支えとした
……のですが、
またこの話はどこかでしましょう(笑)



[Words of Wisdom]

よみがえる目の前の歴史建造物

画像は、南北線
「白金台駅」のそばにある
東大医科学研究所の敷地内、
旧「公衆衛生院」の建物です。

昭和1938年竣工という、
80年の歴史を持った建物ですが、
9年の期間を経て
当時そのままの形でリニューアルしました。

港区の福祉施設を詰め込んだ
「ゆかしの杜」として
やっとオープンしたんですね。

11月からは郷土資料館が
ここに移転。
同時にカフェなどもできるようです。

なんせこの素晴らしい建物。
私の自宅から窓を開ければ、
こちらを見下ろすように
遠くそびえています。

それくらいの位置関係ですから、
子供のころはよく周りで遊んでいたし、
申し訳ないのですが
こっそり中に入ったことも何度かありました。

なんせ近所では昔から、
幽霊が出る
……というウワサがあったんですね。
まあ、このたたずまいですから。
肝試しの舞台だったわけです。

けれどももう10年以上か。
周りは高い壁に囲まれ
ずっと近くに行くことができませんでした。
古くなった建物を壊すか、
それとも残すか。
いろいろ議論もあったと聞きます。

けれどもこうして、
歴史は保存されました。

まあ「ムダ遣い」と言う人もいるのでしょうが、
久しぶりに入って見学させてもらうと、
感無量ですよね……。

とにかく懐かしい……。

手前の池といい、
中の回廊といい、
面影は昔の姿そのもの。
子供のころにタイムトリップしたような、
なんとも言えない気持ちになりました。

なんせ私にとっては、
城下町に住んでいる人が
城を見上げるような感覚で
つねに「そこにある建物」です。

家に帰ってきたぞ……と
見る視線の先には、
必ずこの建物が視界に入っています。

なので、
新しく生まれ変わったのは、
本当に誇らしく嬉しいこと。

これからはちょくちょく来よう……。
カフェができるなら、
ここで読書会とかもできないかな(笑)





[公私混同の時間]

古代からの水源地・洗足池の秘密

昨日はその畔にある
西郷隆盛の「留魂碑」を紹介しました。

なのでこちらも紹介、
大田区にある「洗足池」ですね。

都会でボートに乗れる遊び場
……かと思いきや、
古代からある水源地です。

もともとはこの地域の住所どおり
「千束池」だったとのこと。
ところが池上本門寺で開山した
日蓮上人が、
ここで足を洗ったという伝説が生まれた。

それで「洗足池」になったわけですね。

足を洗う池、
洗ったのは日蓮さんでした。

そもそも平安時代のころは、
単なる荒れ地ばかりだった
東京23区……ですが、ここは別。

平将門の乱の鎮圧に派遣された
藤原忠方という貴族が、
誰かがこの地に残って治めないと、
また反乱が起こると考えた。
そこで「千束池」の周囲を拠点として、
町づくりをしたわけです。

この藤原氏が、
「池上氏」になり、
それが「池上」という地名の
元になっているんですね。

そんな豊かな地ですから、
源義家や源頼朝など、
東北への遠征を試みた武士たちは
たいていここに寄ることになります。
だからいろんな人物の痕跡が、
この地には残っているようです。

江戸時代になってからは
単なる「郊外」になってしまいましたが、
それでも豊かな水をたたえる場所。

そこが気に入って、
明治の頃に家を建てたのが、
勝海舟だったわけです。
その邸宅のあとの残っていますね。

歩けば15分くらいで1周できる
小さな池。
でも、そんなにここは
長い歴史を持っていたんですね。

昔から遊びに来ていた場所ですが、
知ればなかなか面白いです。



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西郷さんの決意、永遠に語り継ぎたい言葉

昨日は熊本城と、
西郷隆盛さんの関係をブログに書きました。

せっかくなので、今日はその関連でこちら。

東京都大田区の
「洗足池」の畔に立っています。
西郷さんの「留魂碑」というものですね。

魂がここに留まるように……と、
残されたもの。
まだ幕末のころ、彼が配流された
沖永良部島で詠んだ詩が彫られています。

拙訳で申し訳ありませんが、
意味はこういう感じ。

「朝に目覚めたことを感謝し、
夕方には1日が終わることを憂う。
人生の浮沈は、
まるで夜明けと日没のようなものだ。

しかし、たとえ陽が当たらなくても、
ひまわりの花は太陽に向かう。
そんなふうに、
もし運がまわって来なかったとしても、
私は誠を貫きたい。

都の友人たちは、皆、散ってしまった。
なのに南国のこの俘囚だけ、
生をのさばっている

生き死になんて、何になろう。
ただ、天が味方してくれることを願い、
私は魂をここに留め、
この国を守っていきたい」

すでに彼の主君だった島津斉彬も、
同士だった橋本左内も
世を去っている。
ただ一人、囚われ人だった身で、
こんな思いを残しているんですね。

この「留魂碑」、
隣には西郷さんを祀った祠もあるのですが、
すべて建造したのは、
その隣にお墓を建てている方。

じつは、勝海舟さんなんですね。

敵同士だった彼らは、
大政奉還を話し合いで決め、
やがて政府内で一緒に仕事をしたあと、
今度は西郷さんが反乱を起こします。

その西郷さんが散ったあと、
勝海舟が彼の名誉回復に奔走したのは
有名な話です。
上野の西郷さんも、
勝さんの尽力で建造されたものでした。

そんな勝さんは、
自宅の近くに自身の墓をつくり、
その隣で、
西郷さんの思いを永遠に残そうとした……。

それだけ西郷さんの思いに共感し、
この国にとって
忘れてはいけない人物だと
思っていたのでしょう。

2人とも、すごい人たちだったんだなと、
ここに来ると実感してしまいます。

ちなみに
大河ドラマにかこつけたわけではありませんが、
次に出る私の本も、
じつは西郷さんから始まっています。
なので報告のような気持ちで、
訪ねさせていただきました!



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何があっても決して屈しない城

4月16日は、
あの熊本地震から2年ということです。

200人以上の震災関連による、
犠牲者を出した地震。
まだその傷はまったく癒えていないでしょう。
本当に犠牲になった方には、
お悔やみ申し上げます。

それでも復興は進んでいます。
そのシンボルといえば、
やはり「熊本城」でしょう。

写真は読売新聞のサイトに載っていた、
現在の様子。
まるで立ち上がる熊本の人々を
象徴しているようですね。
たくましいです!

戦国時代が終わったあと、
加藤清正が築きあげた名城。
その後、細川家に引き継がれますが、
基本、もう戦の時代ではありません。

でも、歴史上、
じつはこの城の前に
敗れ去った人物がいるんですね。

「おいどんは官軍に負けたとじゃなか。
清正公に負けたとでごわす」

そんな言葉を残した人。
そう、「西郷どん」の
西郷隆盛なんです。
じつは明治になってあらためて、
この難攻不落の城の強さが証明されたんですね。

それは西郷さんが、
最終的に明治政府に叛旗をひるがえした
「西南戦争」のときです。

鹿児島で決起した14000の反乱軍に対し、
政府軍は軍事拠点を
熊本城に置いて対抗します。
それは同時に、
西郷さんの軍の攻略目標になるんですね。

そのとき城に篭城したのは、
4000人と言いますから、
西郷さんの計画では真っ先に奪いたかった地点。

でも、それが落とせなかったんです。
大きな被害は出ましたが、
その250年以上も前につくられた熊本城は、
耐え抜きました。

そして西郷さんは反乱を断念し、
自ら命を絶つことになるわけです。

そんな西郷さんお墨付きの
強さを持っているのが熊本の城。
地震などに負けるわけがありません。

それは同時に、
熊本に住む人々の強さでもあるのでしょうね。

ぜひぜひ再建が済んだら、
観に行きたいものです!



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