「右足が頑張ってくれた」

今日のブログは、
やっぱりこの人のことを書かずには
いられませんよね。

平昌の冬季オリンピックの
男子フィギュアスケート。
66年ぶりという連覇での金メダル。
本当に素晴らしかったですよね。
羽生結弦選手。

あらゆるスポーツジャンルと比較しても、
1人の日本人が
これだけ世界の頂点を極めている
……というのは稀かもしれません。

銀メダルの宇野昌磨選手と
並んでの表彰台となりました!

前回ソチオリンピックのときは、
故郷が大災害にあった
東日本大震災からすぐだったこともあり、
笑顔をあまり見せませんでした。
私は当時、「武士道」とからめて
紹介しています。

今回はそれに比べたら、
とてもよく笑っている……。

でも、やっぱり「武士道」なんです。
陰陽道でなく……。

ともあれ、インタビューで
真っ先に答えた言葉が、
「右足が頑張ってくれた」

知ってのとおり、
羽生選手は右足の靭帯の負傷で、
一時は選手生命も危ういのでは
……と言われたほどでした。

それを忍耐強く克服して、
ギリギリの復帰でほぼ100パーセントに
持っていくのがすごい。
それに加え、
自分の努力でなく
天から与えられた肉体にまず感謝している
……というのが、
素晴らしいことに感じました。

もちろん応援してくれた
大勢の人への感謝も忘れてはいませんが、
体というのもまた、天からの授かりもの。

だから武士たちは命を賭けて、
自身の役割をまっとうしようとしたのですが、
なんとなく似たものがありますよね。

今回の羽生選手は難しいジャンプを避け、
体に問いかけながら
自分のできるジャンプを確実にすることで
ナンバーワンの点数を叩きだしています。

ムリをすれば、
体は何でもできるというわけではない。

実際、私たちの日常でもそうなのですが、
体を酷使し、体が嫌がる使い方をしていたら、
結局、体調面で
ブレーキがかかってしまうわけです。
それは仕事の結果も左右します。

もっとも大切な「自分の体」を、
本当に大切にしているか?
一流のアスリートは、
ちゃんとわかっているから、
結果的には偉大なことを成し遂げる
……ということですね。



[奮い立たせてくれる言葉]
※過去の名言集、電子出版になっています!

「東横のれん街」の67年

先日、母親を病院につれていったときです。
車でなく、バスで行ったので、
帰りに渋谷駅に寄りました。

そこでひと言。
「東横のれん街があったころは、
『舟和の芋ようかん』が買えたのにねえ」
「いや、あるよ……」

そこで連れて行った「東横のれん街」。

現在は井の頭線のある
「渋谷マークシティ」の
地下にあるんですね。
昔とはかなり様相も変わっていますが、
「舟和の芋ようかん」も
ちゃんとありました。

そもそも日本発の
「デパ地下名店街」として、
JR渋谷駅に隣接している
「東横のれん街」ができたのは、
1951年のことだそうです。
私が生まれるずっと前ですね。

しかし東京にお住まいの方は、
ご承知のとおり。
渋谷駅は目下、再開発の真っ最中です。

もう何年、再開発しているんだ
……というほど長くなっていますが、
古くからあったものは
片っ端からなくなっています。

そして「東横のれん街」が入っていた
「東急東横店」は、
創業78年の歴史を閉じたわけです。
2013年のことでした。

しかし人気のあったこちら
「東横のれん街」だけは、
マークシティのほうに移ることで
継続しているんですね。

東横線からは遠く
井の頭線のほうにあるのに、
なぜか「東横のれん街」。
いいんです。
それがブランドというものなのでしょう。

まあ、現在、この種の名店街は、
あっちこっちにありますので、
正直、オリジナリティは
あまり見えないような気もします。

ただ、来ている人を見れば、
なんとなく高齢の方が多い。
なるほど、
「昔からの馴染み」という感覚は、
まだ残っているのでしょう。

再開発するのはいい。
でも、古くから愛されてきたものは、
形を変えてでも
こんなふうに継続してほしいものですね。



[公私混同の時間]

不動明王と土方歳三

少し前に訪れた場所です。
東京の日野市、
「高幡不動」ですね。

正確には「金剛寺」というお寺ですが、
重要文化財の
「不動明王像」が安置されていることから、
そう呼ばれています。

成田山と並ぶ、
「関東の三大不動」の1つですね。

はじめて行ったのですが、
なかなか見事なお寺。
五重塔も立派です。

でも、されに目立っているのが、
入り口にある大きな銅像。

こちら、新撰組の副隊長、
土方歳三さんなんですね。
ここは彼の菩提寺でもあるそうです。
中には資料館もあって、
隊長・近藤勇や、
将軍慶喜の書も展示されていました。

土方歳三……といえば、
戦いに明け暮れた、
怒濤の人生を送った人物。

幕末期、幕府に仕えて
反乱分子を排除したのが
「新撰組」……ですが、
当然、明治になると解散になる。

でも彼は諦めず、
新撰組なきあとも、
鳥羽伏見に、奥羽に、
最後は函館にわたって、
明治政府軍と戦い続けたわけです。

最期の最期まで、あきらめない。
函館の五稜郭で散りました。

そんな彼が
「不動明王」が祀られている場所で
眠っている……というのも象徴的です。

いつも怒っている不動明王は、
あらゆる困難を力づくで打ち破り、
その目標を達成させる神様。

そもそもはインドのシヴァ神ですが、
仏教のお寺では
お釈迦様の迷いを断ち切る強さを
象徴しているともされます。

そんなふうに
あらゆる迷いを断ち切って
戦い続けた土方さん。
目標は達成されていないのではないか
……と思うのですが、
刀Vs.欧米近代兵器の、
所詮は勝ち目のなかった戦いです。

それでも彼にとっては、
先に散った仲間に応え、
すでになくなってはいるけれど
自分が信じたものに忠義を尽くすことが
重要だったのでしょう。

そういう生き方もある。
「武士道」ですね。

そういえば、拙訳の『武士道』が
また重版になりました!
後日、あらためて紹介しますね!!





[仕事ができる人の歴史入門]
夏川の「日本史」入門はこちら

「カンが4割」ですぐ実行する!

本日は、夏川が読んだ本の紹介。
こちら、

変な経営論
という本。
(講談社現代新書)

旅行会社、HISの創業者であり、
現在は長崎の
「ハウステンボス」を再生し、
それに付随した、名称「変なホテル」を
全国展開させるまでに成功させた人物。
澤田英雄さんのインタビューで、
まとめた本です。

つまり、
なぜ「ハウステンボス」や
「変なホテル」が成功したのか?
……という内容ですね。

隣に強引ですが、
私の『「すぐやる!」で、人生はうまくいく』を
並べさせていただきました。
どうしてかといえば、
まさに澤田さんの経営論は、
本書のケーススタディには、ピッタリします。

そもそも澤田さんは、
ビジネスで成功が計算できるのは
6割くらい……と言っています。
残り4割が何かといえば、
経験から培った「カン」ということですね。

とはいえじつは、
カンで「うまくいく」と革新しても、
出だしで案外とつまずいているんです。

そういえば
「スカイマークエアライン」もそうでした。
ハウステンボスの社長を引き受けたあとも、
最初のうちはかなり苦労しています。

「これだけのテーマパークなんだから、
入場料を安くすれば、お客さんは入る」
そう思って価格を下げても、
まったくお客さんは入って来ない。
手を変え、品を変え、
やっとさまざまなアトラクションが当たり、
人が入るようになった。

「やったことの7割は失敗した」
と言いますが、
1つ手応えをつかむと、
そこから一気に浮上。
18年赤字だった施設を、
黒字転換させることに成功したわけです。

これは「変なホテル」という
その通りの、
ロボットにフロントをやらせる
変なホテルも同様。
再生エネルギーを利用した事業も同じ。

とにかく「可能性あり!」と見たら、
すぐに、たくさん実行するんです。
いくつもいくつも失敗をしますが、
それをデータにして正しい道を探していく。

まずは実行しないと、
何も始まらないわけですね。

この考え方は、
いろんな仕事に応用できると思いますよ!



[常識転換の読書術]

もっともシンプルな「できること」をやっていますか?

私は定期的に目が悪い母親を
つれていっているのですが、
まあ、正直、
とても不便な病院ではあります。

施設が古くて狭いし、
交通の便もあまりよくない。
だから車で行くのですが、
近くの駐車場はすぐいっぱいになるため、
10分くらい歩くようなところに
車を停めるしかありません。

おまけに眼科が有名ということもあり、
大勢の人がかかっているのですが、
人手がどうも足りない。
だからいつも、ものすごく待たされる……。

そんな病院ですが、
たまにお医者さんと話すと、
ものすごく患者さん思いではあるんです。
だから何とか、
できることをやろうとはしている……。

写真はその1つですが、
床に赤、黄、青の線が
ドーッと引いてあります。

これ何かと思ったら、
検診の部屋の順番を示しているんですね。

青の線をたどって行くと、
「心電図」を測る場所へ。
黄色の線をたどって行くと、
レントゲンを撮る場所へ。
赤い線をたどって行くと、
採血をする場所へ。
……といった具合です。

なんせ眼科が有名なところですから、
目が良くない患者さんが多い。
さらにお年寄りも多いですから、
案内板が読めなかったりするわけです。

さらに狭い病院ですから、
一か所に必要な診察室を
集中させることはできないし、
人手が少ないから、
看護士さんも面倒を見ることができない。

なので不自由な患者さんでも
何とか自力で行けるように……と
不格好ですが、
目的地までずっと床に
ラインを引いてしまったわけです。

なるほど確かに見ると、
杖や車椅子でも線をたどりながら
移動している方が
何人かいらっしゃいました。
ずいぶん効率はよくなっているようですね。

自分が働いている環境、
いろいろ不満に対して、
文句を言いたい気持ちはわかる。

でもその前に、
「いまの自分たちでもできる工夫」を、
はたして怠ってはいないだろうか?
こうした例を見ると、
少し考えさせられますね。

ちなみにこの病院は、
やっとですが大幅なリニューアルが、
すでに決定しているようですよ。



[効率無視の仕事術]