成人の日を迎える前に

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1月も10日なりましたが、
もうすぐ「成人の日」ですね。

かつては1月15日に固定されていましたが、
連休と連動して、今年は11日。
成人式を迎える方は、
本当におめでとうございます。

といって、今年はコロナで
しょうもない話にはなってしまいました。

私がかつて成人式を迎えた日というのは、
都心が大雪に見舞われた日でした。

それでも区の式典には出ましたが、
地元の友達がいたわけではないから、
とくに楽しい思い出があるわけでもない。
散々だった記憶しかありません。
それとどちらがマシなのかはわかりません。

とにかく中止になるところは残念ですが、
お祝い事やら何やらは延期すればいい。
それより考えてみたいのは、
成人式ということそのものの意味です。

文化人類学を学んだ方であれば、
ご存じの通り。
成人式というのは、
その社会の中で「大人」として認められる日。
ですから文化によっては
自分にその資格があることを
証明しなければならなかった。
これが通過儀礼(イニシエーション)と
呼ばれるものです。

決してそれは楽しいものでなく、
とくに狩猟民族であったり、
「大人=戦士」という文化では、
バンジージャンプをしたり、
ライオンと戦うような試練を
課されることもありました。

そうでなくても、
入れ墨や割礼のような痛みに耐えたり。
その覚悟を受けいれるのが
「大人になる」ということの
意味だったわけです。

日本はどうかといえば、
やはり「武士」の文化では、
重みが違います。

詳しくは『武士道』を
読んでいただけばいいのですが、
一律の成人の日でなく「元服」になるのですが、
武士としての名をもらい
刀を差すことを許可され、
次の戦には出陣を約束された。

女性もやはり、家を守るため、
己の名誉を守るために、
短刀を脇に差すことを受け入れたわけです。

まあ、現在はそんな重い話ではないのですが、
やはり本来は
「社会の構成員になる」ということを
自覚しなければいけない。

そう言いながら、自分も含めて
大の大人は
チャランポランだったりするのですが、
とくに現在のような緊急時だと、
「1人の社会構成員として、
社会の全体利益のためにどうふるまうか」は、
求められるようになるのが
成人の日の意味ではあるわけです。

そう考えると、
「緊急事態宣言の中での成人の日」
というのは、
じつは絶好のタイミングなのかもしれません。

何も考えずに行動するのでなく、
自分のことだけなく、
世の中を考えて行動する機会を与えられる。
いまの振る舞いが、
この先の大人になってからの人生を
左右するかもしれませんね。



[武士道の読み方]
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