その地域を守るために何ができるか?

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壁紙の画像を見ると、
本当に行きたくて仕方なくなります。
美しい青い海。
鹿児島県の与論島ですね。

ニュースでもご存じの通り、
危惧される事態が起こっています。
人口5000人の島で、
コロナの感染が続々と出て34人。

経済を再生するためには、
本土との往来を活発化しなければならない。
しかし感染が出れば、
脆弱な医療体制はもたない。
諸刃の剣のような状況を
象徴するような事態になっていますが
逸早く終息すること。
他の地域でも起きないこと
……を願うばかりです。

沖縄を除けば、日本最南端の島。
島津藩によって組み込まれて以後、
島は「さいはての地」として、
ずっと差別を受けてきた歴史を持っています。

サトウキビなどの強制的な徴収を受けたり、
本土に出た労働者が不当な扱いがあったり
……という具合ですね。

ところがこの島を、
国の命令にさからってまで
必死に守った人々もいたようです。
それは戦争のころ、
島に駐屯していた守備隊の人たちでした。

ご存じのようにお隣の沖縄では
米軍の上陸戦争が始まり、
激しい戦場となります。

そんななか、隣の与論も
たびたび空襲を受けることになる。
国は島民たちも含めて、
玉砕覚悟の防衛戦を決行するよう命じます。

けれども島に駐屯した部隊のリーダーは、
こう指示したんです。
「米軍に絶対に手を出すな」

沖縄でさえ占領された圧倒的な戦力、
たかが駐屯している部隊に
何ができるということもありません。
もし手を出したら島は徹底的に攻撃され、
島民は全滅してしまうかもしれない。

それだけは絶対に避けなければならない!

下手したら軍法会議ものですが、
島の部隊は一切の手を出さず
「耐えること」に徹したんですね。

その結果、当時いた7000人ほどの島民は
まったく命を落とさず、
与論島は終戦を迎えたそうなんです。
勇気ある選択でしょう。

いま必要なのはそんな意識なのかもしれません。

地元の経済を考えば、
旅行に行くのもいいことだし、
いろんなことを楽しんでいい。
でも、一方では
「何としてもその地域を守ろう」という
強い意識をもって
出かけるなり、計画を練るに留めるなり
考えていきたいものです。



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