忘れてはいけない「武士道」の心

毎週配信メルマガ「賢者の会」通信はこちら

いよいよ桜のシーズンとなりました。

画像は近所の公園ですが、
いまはこんな感じ。
これからしばらくの間は、
近くを歩くのが楽しみですね。

そこで毎年このシーズンになると紹介する
新渡戸稲造さんが『武士道』に記した
言葉があります。

「名前さえ忘れられる日がきても、
香りは空中を漂っています。
『路辺に立ちて眺めやれば』、
私たちははるか遠くの見えない丘から漂ってく
る、その爽やかな香りを、
いつでもかぐことができるのです」

まさに日本人にとっての「武士道」を
桜の花にたとえたもの。
武士自体が姿を消したとしても
私たちは過去を思い出すことで、
そのエッセンスをいつでも
嗅ぐことができる……ということです。

そんな『武士道』の「自制」という章で
外国人たちが日本人に驚いた
こんなエピソードがあります。

それは日清戦争に出向く兵士たちを
家族たちが送り出しに集まったとき。
みんな歓喜したり、
あるいは哀しみに絶叫したりすると思ったら、
やけに落ち着いて、
相手を心配させないように
しばしの別れの言葉を交わし合っている。

東日本大震災のときも
被災地での日本人の落ち着いた態度は、
世界を感心させました。

パニックにならず、感情を抑え、
節度をもって行動する。
よくも悪くも、
自制心をもってことに望む姿勢は
武士の時代から伝統的な
日本人の特徴だったわけです。

ただ、残念ながら、
武士の時代から150年以上。
そうした日本人の特徴が、
徐々に薄れていることは確かでしょう。

とくにまだ続いている
トイレットペーパーの買い占めなどを見ると、
困難に直面したときのパニックぶりは、
もはたや他国とさほど
変わらなくなっているようにも見えます。

それでも桜のシーズンがあるのは、
日本の特権です。
あらためて私たちは
その香りを一杯に吸い込み、
かつての強かった精神を
思い出したいところですね。



[武士道の読み方]
コメントはありません。
| | url | | |