「公園の土管」の仕事術

こちら港区の
「高輪台」の近くにある公園。

通称、「猿町公園」
……と呼ばれるところですが、
片隅にはこの令和になろうとする
時代にあって、
「昭和」を偲ばせる「土管」!

よくジャイアンがこの上で
リサイタルをしていましたよね。

いま、どれだけ日本の公園に
土管があるのか知りません。
でも、この猿町公園の土管は、
私が子供のころからあります。

妹と入って遊んだ記憶もあれば、
上から落ちてすりむいた記憶もある。
なんかいじめられて、
閉じ込められた記憶もあるかも。
当時はこんなカラフルではありませんでした。

遊び方に「創意工夫」も要される「土管」。
なんだか私は
ロマンなども感じるのですが(笑)、
これがかつて
公園や空き地に多く置かれたのには、
昭和のころの高度経済成長が
かかわっているそうです。

自分が生まれる前後の
昭和30年代から40年代というころ。
日本は経済成長をして、
下水道工事がさかんに行なわれました。

そのときに大量の土管が
必要になったんですね。

それでも
「いざ」というときに注文したのでは、
時間もかかってしまう。
だから当時はまだ多くあった空き地に、
あえて土管のストックを
置いておいたそうです。

そうしておけば、緊急のときに使える。
これが当然のごとく、
子供たちの遊び器具になったんですね。

ところが最近はまさか、
それほどの土管需要もない。
空き地は減っているし、
公園に土管を置くよりは
それなりの遊具のほうがいい。

おまけに落ちて怪我をしたり、
不安定に置かれた土管が転がって
子どもが亡くなる事故も
現実にあったそうなんですね。

それで多くの「空き地の土管」は
失われてしまいました。

それでも子供たちの発想力を磨くには
なかなかの材料になる。
そんな理由でしょうか。
安全対策をしたうえで、
この公園にはいまなお
「土管」が存続しているわけです。

土管よ永遠に……。
そう願うのですが、じつは近い将来、
この公園はなくなるようなことも
言われています。
土管の運命は、どうなるんでしょうかね。



[公私混同の時間]
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