83歳の葛飾北斎が、はるばる小布施を訪ねた理由

画像は金沢への行き帰り、
道中で寄った、
長野県の小布施にある
サービスエリアで撮ったもの。

「栗」が名物の町で、
ソフトクリームにもしっかり
添えてあります。

でも、この町はまた
「葛飾北斎」にゆかりのある町としても
知られています。
「北斎館」などもあり、
こうしてサービスエリアでも
案内されていますね。

でも、そもそも
長野県の小布施と葛飾北斎に、
どんな関係があるのでしょう?

「葛飾」北斎というくらい、
東京の下町で生まれ、
ほとんど江戸を拠点とした浮世絵師。

じつは小布施を訪ねたのは、
83歳になってと言われます。

その理由はといえば、
言ってしまえばここに
「パトロン」がいたわけです。

その人の名は、高井鴻山。
豪商であり、儒学者としても知られた人物。
葛飾北斎より、半分以上、
歳下の人間でした。

でも、お金に対して無頓着だった北斎。
生涯、貧乏だったことでも知られますが、
鴻山さんはそんな北斎を師と仰ぎ、
支援を続けたわけです。

偏屈だった北斎は、
83歳のときに、小布施にいる彼を訪ねます。

以後、90歳で死去するまで、
頻繁にこの地を訪ねて、
滞在しては、見事な作品を残したわけです。

当然ながら、徒歩での旅でしょうが、
恐るべき体力。
でも、よっぽどお世話になったことを
感じていたのでしょうね。

人間関係においては、
トラブルも絶えなかった北斎。
その美術的価値が世界的に認められたのは、
彼の死後になってから。

でも、そんな評価と関係なく、
心から崇敬する人々に支えられ、
生涯現役の幸福な晩年だったようです。

そういう人生でありたいですね!





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