8年目、まだ続いている自分自身も含めた復興

3月11日、あの震災から
8年目という日を迎えましたね。

たくさんのテレビ報道、
たくさんの式典が今日は催されました。
いまだ「避難者」の扱いになっている人数
7万3000人。
護岸工事の完成度合いは40パーセント。
福島の原発が片づくのは、
あと何十年後か……。

まあ、いまだ何一つ問題は片づいていない。
ご存じのとおりですね。

写真は、もう「懐かしい」と
思う人もいるかもしれません。

岩手県陸前高田市の「奇跡の一本松」。
震災から1年くらいのち、
まだ枯れて人口モニュメント化する前に、
真下で撮ったものです。
あのころはまだ、惨憺たる状態でした。

毎年のように書いていますが、
その1年前。
震災から数ヵ月したあとで、
私は東松山と石巻に行っています。

すでに出版不況は始まっていて、
かなり切羽詰まった状況の中。
あらゆる仕事は震災でストップして、
もう何もすることがありません。

だから東北に行き、
ボランティアを経験させていただきました。

現場は本当に、
どこの世界かわからない状況……ですが、
ヘドロの除去などをお手伝いし、
家を失っても明るく、
元気に生きようとしている人々とふれあい、
私も決心しました。

当時使っていた、恵比寿のオフィスを
いったん閉じよう……と。

それから私自身の
仕事における「復興」も始まったのですが、
あれから8年です。
当時よりは仕事も安定してきて、
ずいぶんと経済的に楽にはなりました。

ただ、まだまだ事務所を再開するには
いたっていない。
出版以外の仕事も、始めたものの、
まだ収益になってはいない状況です。

まあ、一度失ったものを、
取り返すのには長くかかるんだなあ
……と。
福島などの現状を見れば、
痛いほどわかる。

やはり私たちにとって、
3・11は大きな教訓を残したんだなと、
あらためて思います。

だけれども人はついつい、
教訓を忘れてしまう。
それでは何ら、
あの電気を抑えて暗闇の夜に過ごした日々に
考えたことが生かされません。

だからこの日は、
永遠に私たちが「思い出す日」なのでしょう。
絆を信じ、大切な人を思うことを、
確認したあのとき。
まだ私たちの奮闘は終わっていないんですね。



[公私混同の時間]
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