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隅田川の岸辺で芭蕉さんに会う

日曜に「賢者の会」を開催した
「浜町会館」。

脇はすぐ隅田川ですが、
新大橋を渡って対岸に行くと、
ここは松尾芭蕉の
「芭蕉庵」があった場所なんですね。

江東区に入り、
かつて深川と呼ばれた区域。
駅だと「森下」からが近いのですが、
芭蕉庵のあった場所は、
いま「芭蕉稲荷」という
小さなお稲荷様になっています。
隣には石碑も建てられていました。

周辺には「芭蕉記念館」や、
隅田川を展望できる
「芭蕉庵史跡展望庭園」
という公園もつくられています。
写真の銅像はそこにあるものですが、
周りには解説パネルも並び、
なかなかキレイな場所です。

松尾芭蕉さんは、
いまの文京区から、
門人の家の敷地内にあったここに移り、
粗末な小屋をつくって、
「芭蕉庵」と名づけました。

私は
仕事ができる人の「日本史」入門』にも
書いています。
彼は相当にタフな人物だったんです。

いまや
「世最も短いセンテンスで深い状景を読んだ
天才的な定型詩人」として
世界中に名を轟かす芭蕉さん。

でも、彼が俳句を始めた当時、
まだ江戸時代でも
マイナーな芸術分野でした。

だから彼は「奥の細道」のような
紀行のために、
土木工事のアルバイトまでして
資金をつくっていたんですね。

この「芭蕉庵」に象徴されるように、
活動はほぼ
物好きな弟子たちによって
支えられていました。

生活は決してラクなものでなく、
50歳にしてなくなった芭蕉さん。
最後の句が
「旅に病んで 夢は枯野を かけめぐる」
ですが、
一生を自分の夢に費やし、
満足な人生ではあったのでしょうね。

逆境に負けず、
自分の使命を貫き続けた詩人。
日本人が誇りにしなけれんばならない
人物の1人だと思います!





[仕事ができる人の歴史入門]
夏川の「日本」入門はこちら
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