人が人を助けようとしてきた、もう1つの歴史

夏川が読んだ本の紹介ですが、
本日はこちら。

医学の歴史
(梶田昭著、講談社学術文庫)
という本ですね。

人類史が始まって以来、
人の命を助けようと、
大勢の人々が医療の発展に努力してきた。
その歴史をダイジェストに
ずらずらーっと追いかけた本ですね。

何より世界はこの間、
東洋も西洋も戦争を繰り返し、
たくさんの国々が栄光盛衰しています。
その裏側で人類はこんな
素晴らしい歴史を築いてきたんだなと、
ちょっと誇らしくもなります。

その基本思想は、すでに紀元前4世紀に
確立されているんです。

「自身の能力と判断に従って、
患者に利すると思う治療法を選択し、
害と知る治療法を決して選択しない」

これは古代ギリシャの医師。
有名なヒポクラスが述べた
「ヒポクラスの誓い」の一節です。
いまでも宣誓する医学校はあります。

この「患者を利する医療」のために、
多くの医師が命を張ってきました。

ギリシャ・ローマの時代が終わると、
この思想はイスラム圏に受け継がれ、
イスラムの医者がさらに医療を発展させます。

そしてルネッサンス時代に、
この発展した医療がヨーロッパに再上陸し、
宗教的な枠を打ち破って
医学を科学的なものに発展させます。

これが江戸時代には
オランダから日本にももたらされ
杉田玄白ら蘭学者が、
保守的な幕府の体制に逆らい
『解体新書』などの翻訳を通し
日本にも医学革命を起こそうとします。

つまり政治や宗教や国境を越え、
「多く患者を助けよう」という
共通の目的を追いかける歴史は、
一貫して誰かの手によって
更新されてきたわけですね。

一緒に並べてみました。
幕末の1859年にイギリスで書かれた
スマイルズの「自助論」』にも
ジョン・ハンター、アンブローズ・パレ、
エドワード・ジェンナーといった
本書で取り上げている医師たちの奮闘が
書かれています。

人間のひたむきな努力によって
動いてきた歴史もちゃんとある
……ということですね。



[常識転換の読書術]

私には敵はいない

「私には敵はおらず、
憎しみの気持ちもない」

2010年に本人不在のまま
ノーベル賞平和の授賞式で
発表されたメッセージ。
感動的でした。
中国の作家であり、人拳主義者。
劉暁波さんの言葉ですね。

残念ながら私たちはその考えを聞き、
文章を読む機会も持てませんでした。
ノーベル賞受賞後も獄中から出ることなく、
13日に肝臓がんにより、
61歳でお亡くなりました。

本当にもったいないことであり、悲しいこと。
心からお悔やみ申し上げます。

ノーベル平和賞の授賞式で
発表された
「私には敵はいない──私の最後の陳述」
という文書。
全文はここにあります。

民主化による自由をうったえ続けた、
劉さん。
89年の天安門事件の中心となり、
非暴力の運動に徹したものの
逮捕されて以後は、
その活動の自由は奪われました。
それでも国を出ることなく、
祖国を愛し、未来を信じ続けたんですね。

「憎しみは人類の知恵と良心を腐らせ、
敵対意識は民族の精神を傷つけ、
生きるか死ぬかの残酷な闘争を煽り、
社会の寛容性と人間性を破壊し、
1つの国家が自由と民主主義へと向かう
道のりを阻むものだ。
私は個人的な境遇を超越し、
国家の発展と社会の変化を見据えて、
最大の善意をもって政権からの敵意に向き合い、
愛で憎しみを溶かしたい」

日本という国の一方的な考え方で、
他国の思想や信条を
とやかく言うつもりはありません。
でも、よくも悪くも
世界中の人々の尊敬を集め、
清廉な姿勢で感動を与えた人物です。

かの大国であれば、
もっと寛容なふるまいも
あったものでじゃないか……。

仕事ができる人の「アジア史入門」
で中国の歴史をずっと追いました。
中国が大勢の偉大な人々が登場し、
日本とはスケールの違う
長い歴史を築いた国なのは間違いありません。

でも、その中国で素晴らしい思想が
たくさん生まれた時代というのは、
やっぱり紀元前の春秋戦国時代。
たくさんの国による
多様な文化が存在し、
孔子や老子や荘子や韓非子や墨子
……といった、
いろんな考え方が自由に
生まれた時代だったわけです。

最近の一部の日本人にも言えることですが、
「こういう考え方しか認めないよ」
……となったとき、
文化は停滞し、成長は止まり、
人も国もどんどん矮小化していきます。

それでも相手を否定することなく、
ただ温かく、
言葉を投げかけ続けた劉さんの姿勢。
私たちは忘れていけませんね。



[奮い立たせてくれる言葉]
※過去の名言集、電子出版になっています!

アマゾンで買えるもの

アマゾンで買えるもの
……といって、
最近流行っている
プライム云々の話でもなければ、
私の本の順位を上げてね……という
話でもありません(笑)

アマゾンのマーケットプレイスで購入し、
本日、届いたものが写真。
何かといえば
「クーラーのリモコン」なんです。

「National」なんて入っています。
もう、かなり古くなったクーラーを、
だましだまし使っているわけですが、
先日、とうとう壊れてしまった。
リモコンが……。
設定しても電波が発信されないんですね。

どうもクーラーという機器、
不思議なことにリモコン以外で
自由に操作できるようになっていません。

なんとか調べて、
緊急スイッチのようなものはわかった。
でも、「入」と「切」ができるだけで、
温度を変えたり、
風量を変えたりすることは、
できないらしい。

なんだか便利さが不便さを
招いているんではないか……と。
ひどい話ですよね。

でも、まあ古いものを使っているのも
問題なんです。
本体でなく、リモコンの故障で
……というのも悔しいのですが、
これはクーラーごと
買い換えるしかないだろうか?
この暑さですものね。
起動しないことには仕事になりません。

なんとかリモコンだけ、
中古で購入できないだろうか?
10年以上前の品です。
ダメモトで検索したら、なんとありました。
しかもAmazonで1700円とか!

日本が誇るエレクトロニクス業界が
サジを投げそうなものを、
アメリカ発のIT企業が救ってくれるのも
不思議な話。
でも、
「欲しい人」と「売れる人」が存在すれば
ビジネスが成り立つのが、
この世界ですよね。

考えてみればクーラーなんていうのは、
壊れるたびに買えるような
そうそう手軽なものではありません。

そして馬鹿でかい機械が、
リモコン1つで機能不全に陥ってしまう……。
だとしたら古い機械のリモコンのニーズは、
必ずあるはずなんです。
捨てなかった人は正解ですよね。

こんなふうに
「誰かがほしいだろう」というニーズは、
家のどこかに眠っているかもしれない。
ビジネスのもとは、
身近なところにあるもんだなと、
あらためて考えさせられました!



[公私混同の時間]

よみがえってほしい古都

11日、ISISの拠点として占領下にあった
イラクの「モスル」の町が、
ようやく解放されたということです。

ずっと世界を悩ませていたテロ組織も、
少なくとも軍事勢力としては
掃討されつつあるようです。
隷属を強いられていた
現地の方々もやっと自由になり、
非常に喜ばしいニュースだと思います。

もう1つ、嬉しいこと。
じつはこの「モスル」の町の対岸が、
かつて「ニネヴェ」という町が
栄えたところ。
紀元前2500年からおよそ
2000年にわたって存在した
「アッシリア王国」の
首都だったところですね。

このアッシリアといえば、
じつは私にとっても縁のある
古代国家。
というのも「賢者の書店」のロゴに、
大学時代の専門だったエジプトではなく、
この国のスフィンクスを
使っているんです。

じつはアッシリアは、
歴史上でほとんど最初となる
巨大な図書館をつくった国。

前7世紀に国をおさめた
アッシュールバニパル王は、
シュメール、アッカドと続いてきた
古代メソポタミア文明を
深くリスペクトした人。
他民族ですがその言葉も学習し、
膨大な文献を保存しようとしたんです。

そしてニネヴェに、
「アッシュールバニパルの図書館」
をつくりました。

私たちの会社も、
そんな読書愛を受け継ごう……と、
ロゴに採用しています。
いじれにしろこのグローバルな考え方は、
頑に多文化を受け入れないISISとは
正反対ですよね。

残念ながらそのISISによって、
ニネヴェの遺跡群は、
ほぼ破壊されてしまった
……と言われます。

それでもかつての古代国家が目指したような
多くの民族がともに学び、
お互いの文化を研究できるような都市が、
復興していくといいですよね。

そしていつか、
ここを訪ねてみたいものです!




[仕事ができる人の歴史入門]
夏川の「アジア史」入門はこちら

古典学のススメ25〜ダンテとマキャベリ

「古典学のススメ」ですが、
ずいぶんと久しぶりになってしまいました。
基本をおろそかにせず、
ちゃんとやっていきましょう!

そこで今日は、せっかく
マキャベリの「君主論」』が
刊行されたあとです。

そのちょうど200年前の、
1300年くらいに
同じフィレンツェで生まれた
偉大な文学作品といえば……。

そう、アリギエーリ・ダンテ、
神曲』ですね。

かなり難解な叙事詩ですが、
イタリアを代表する有名な文学作品です。
最近では映画された
ダン・ブラウンさんの『インフェルノ』でも、
作品全体が物語のカギになりました。
読んだ方も多くいらしゃるでしょう。

ストーリー自体はシンプルなもので、
夭折した初恋の相手、
ベアトリーチェを追って
冥界へ迷い込んだダンテが、
「地獄篇」「煉獄篇」「天国篇」と
救いを得るまでの話です。

「汝ら、ここに入るもの、一切の望みを捨てよ」
そんな導入で、
「地獄篇」は壮絶な残酷描写が続いていきます。

名君の残虐行為や冷徹な決断を、
これみよがしに見せる「君主論」と、
どことなくそのダークさは似ていますね。

じつは200年の時代の開きがあるものの、
ダンテさんとマキャベリさんの置かれた立場は、
共通するところがあります。

一貫して共和制を貫いてきた
自由都市フィレンツェですが、
ダンテさんの時代は、
教皇VS皇帝のイタリア全土を巻き込んだ
政治闘争の真っ最中でした。
フィレンツェの市政に携わっていた彼は、
失脚して追放の身になります。

一方でマキャベリさんの時代は、
カリスマだったメディチ家が失脚し、
政治混乱が起こっていた時期。
そんな時代に役人になった彼も、
結局失脚して、やはり追放されます。

各国が群雄割拠する混沌の中世イタリアで、
武力は弱いくせに、
圧倒的な経済力と芸術力を持っていたのが
フィレンツェです。
狼の群れの中の羊みたいなもので、
巧妙な戦略と、したたかさがなければ
生き残っていけません。

そんななかで、一度は挫折し、
地獄を見たような2人ですが、
一方はそんな苦境に対して
「魂の救済」を模索し、
もう一方は悪の力を活用しながらも
最後は人民を幸福に導いてくれる
リーダーを夢想した……。

厳しい歴史的環境が、
2つの「常識外な名著」を
この世に生み出したんですね。
ともに明るく読めるような作品では
ないのですが、
そんな過去の思いを心を馳せ、
名著を楽しんでいただけたらです。



[夏川賀央の「古典学のススメ」]