我が道を行く……

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昨日は銀閣寺を紹介しましたが、
その近くから
「琵琶湖疎水」という水路に沿って
南禅寺の近くまで続いているのが
「哲学の道」ですね。

ここを歩くのも長年の夢でしたが、
とうとう実現できました!

どうしてここが
「哲学の道」と言われるかといえば、
実際に哲学者が歩いたから。

有名なのは戦時期の京都大で活躍した
西田幾太郎さんですが、
途中に碑文も置かれていました。

「人は人 吾はわれなり とにかくに
吾行く道を 吾は行くなり」

あまりに難解な思想なため、
理解者が少なかった西田先生ですが、
この詩には、
「それでも自分は自分の道を行く」
という
前向きな気持ちが感じられます。

そう、歩けば、
気持ちは前向きになるんです。

この「哲学の道」に限らず、
世界各国の多くの思想家、科学者、作家が、
やはり独自の「散歩コース」を
持っていました。

それは無心で歩くことによって、
思考が整理されるだけでなく、
歩くことによって脳内で分泌される
快楽系のホルモンが、
整理された思考を
自分自身の願望や目標に結びつけるから。

それは私が師とあおいだ
佐藤富雄先生の理論でしたが、
まさしく「哲学の道」というのは
それを証明するような場所でも
あったんですね。

実際に歩いてみれば、
この川沿いの清々しい景色。
高台になっていて右手のほうを見れば
京都の町を見下ろすことができます。

左手は仏閣など古い建物が続き、
1時間半ほどの道のりも
ほとんど苦痛ではありませんでした。
そのまま平安神宮のほうまで
行ってしまえましたね。
ちょっと暑かったけど(笑)

ぜひぜひこの辺に来たら
トライするといいですよ!





[効率無視の仕事術]

日本文化の源流をつくった場所

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京都から戻ってきた本日ですが、
今日は念願だった、この場所に
来ることができました。

慈照寺、いわゆる「銀閣寺」です。

コロナ禍ではありますが、
遠足や修学旅行の一行とかち合わせました。
自分は来ていたのだろうか?

世界遺産ではありますが、
他の京都の名所と比べれば地味ですからね。
印象には薄くなるかもです。

でも、ここは日本文化には重要な場所。
とくに『武士道』や『茶の本』を
現代語訳したあとでは、
いつか行こうという気持ちが強くなりました。

この「銀閣寺」は、15世紀の
室町幕府8代将軍、足利義政が、
別邸として建設したもの。

息子を将軍後継者にしようとする
夫人の日野富子と、それを担ぐ大名、
さらに対抗馬を担ぐ大名の争いに巻き込まれ
「応仁の乱」を招いた
「無能な将軍」として知られる人です。

実際、京都が争乱で焼け野原になる傍ら、
自らはこの離れた場所に隠居し、
趣味に没頭していたわけですから、
「無責任」と言われたのも
仕方ないかもしれません。

ただ、この将軍がやろうとしたのは、
文化で暴力に対抗すること。

この地味で小さな建物に
禅、茶の湯、絵画、能などの文化人を招き、
ひたすら文化復興に努めていたわけです。
力を取り上げられた将軍が、
大名たちの巨大な軍事力に対抗するには
それしかないと信じていたのですかね。

11年も続いた応仁の乱、
結果的に京都の中心部は焼け野原になり、
日本はほとんど無政府状態になる。
乱を招いた大名たちは、
やがて地方で力を得た戦国大名に
淘汰されていきます。

しかし将軍、義政が
銀閣でつくりあげた文化はといえば、
千利休などの後継者の得て
武士たちに共通の規範や思想体系となり、
信長や秀吉が国家を再統合する際の
バックボーンになっていくわけです。

現代の私たちの考え方にも、
このとき義政将軍が始めた文化復興の影響は、
残っています。

だいたい私たち「家」といえば、
この銀閣のような建物を、
普通は想像するわけです。
当たり前のようですが、当時は物珍しい
異質な建造物だったんですね。

「お茶」の文化も、この地から、
将軍様も、庭から出た湧き水で
お茶をずっと立てていたとか。

もっと見なされていい、この場所。
豪華さはありませんが、
なんとなく落ちつくところです。





[仕事ができる人の歴史入門]
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ワクワクする気持ちを思い出す

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本日は京都、
ブログも簡単にさせていただきますが、
お昼に着いたら、
いきなりラーメンで歓迎されました。

「こがね家」さんという、
駅近くにある京都ラーメンのお店。

7ヶ国語での感謝、
海苔は普通に食べられるそうですね。
今はいませんですが、
海外から来たお客さんは、
さぞ喜んでいたのではないか。
東京人も感動です。

久しぶりに出張で出かけてくると、
こういう「感動」を思い出しますよね。

そもそも旅行や出張どころか、
外食すらほとんどしてこなかった
コロナの2020年です。

食べる場所を選ぶのは、
つい熟考したり。
緊張するから、ラーメン屋さんから。
そうか、お店で食べるラーメンって、
こんなに美味しかったのか(笑)

まあ、そんな調子で
昨年までのペースを取り戻すきっかけに
この出張を利用したり。

今日はほぼ取材でしたが、
場所は二条城の近くだったので、
修学旅行以来の世界遺産へ。

けっこう印象以上に大きかったので、
取材先に着いたときは、
ヘロヘロだったり(苦笑)

明日も少し観光をして、
東京に戻ります。

まだ京都は以前の賑わい
……とはいきませんが、
GoToの影響か、
観光客は少しずつ戻ってきているようです。

感染対策ではそれなりに優秀だった、
歴史ある日本の観光地。
コロナへの警戒は、
どこの場所に行っても見られます。
今日だけで何回、
検温をしたことだろう……。

それでも出かけるのは、
頭を活性化させるのにいいことです。
重い腰は上げなければいけませんね。



[効率無視の仕事術]

出張できる喜び

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明日は久々、
出張で京都に行くことになりました。

火曜日で、メルマガの配信と
重なってしまいました。
ちょっとドタバタしそうですので、
今回は水曜日の配信とさせていただきます。
ご了解ください。

にしても10月になり、今年初の出張です。

ゆっくり様子見で動いていたような
出版関連の業界。
取材や打ち合せも、
ZOOMなどでやることが多くなっていました。

でも、ようやく秋になり、
移動できる仕事も出てきたわけですね。
非常に嬉しいことです。

2年前に使ったホテルが便利だったので、
今回もそこでいいかな……と予約をとれば
「GoTo」のキャンペーンで、
なんと1泊2300円くらい(笑)

まあ旅行サイトでは、
料金の見直しが行なわれるそうです。
それで業界の活性化ができるのか
よくわかりませんが、
私はギリギリで間に合ったにだろうか。
たぶん。

私より出張の多い、
コンサルタントの業界などの話を聞くと、
いままではやはり「東京から」といえば、
断られることも多かったそうです。

それでも最近になって少しずつ、
迎えられることが多くなっているとか。
いろんな業界で、
少しずつ動きは戻りつつあるようですね。

これにはGoToキャンペーンに参加した、
受け入れ側と旅行者の努力があったのかな
……と、なんとなく思っています。

正直、政府にそれほど策があったと思いません。
なんだかんだいってコロナの感染は、
まだおさまっていないのが現状。
先週までの東京の感染者も
200人を超える規模でありました。

でも、それだけ感染は継続しながら、
ホテルや観光地でクラスターが
起こったかといえば、
心配されたほど起こっていないわけです。

それにはホテルや旅館の業界、
あるいは外食やお土産さんの業界、
また地元の行政機関が熱心に
対策を打ったことが大きかったのでしょう。

また真面目な日本人、旅行に行く人も
かなり気を遣っているのでしょうね。
マスクを欠かさず、
ソーシャルディスタンスをとって
不便な旅行をよしとした。

その結果、ビジネスにおける出張にも
動きが出てきたとすれば、
1つ私たちはコロナとの戦いにおいて
成長したのでしょう。

この先、ブレーキがかかることなく、
経済が活性化していくといいですね。

画像は2年前に行った伏見稲荷です!



[効率無視の仕事術]

「世界食料計画」って何?

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今年のノーベル平和賞には、
国連機関である
「世界食料計画(WFP)」が選ばれました。

でも、私も含め多くの人は、
「それ何?」ですよね。
そもそも国連の機関がノーベル賞を受賞するって、
おかしくないのか?

そこで調べてみると、
これは60年代に国連と
国連食料農業機関(FWO)が設立した
下部組織。

何でも現在は
「2030年に世界の飢餓をなくす」という
「計画」に基づき、
約80か国8,000万人に、
126億食を届けているそうです。

ただ、その運営は特定非営利法人に委ねられ、
個人や企業の寄付によって
成り立っているんですね。
ノーベル賞はその支援ともに、
一層の告知を図ったのでしょう。

WFPのホームページには、その他、
さまざまな活動の詳細が載っていました。

・貧困地域における母親と子どもの栄養支援
・栄養不良な地域への学校給食の提供
・災害地、また紛争地域への食料支援
・被災地域の復興支援
・物資の輸送、情報通信の提供による経済支援

毎年のノーベル平和賞の受賞者には、
往々にして選考側の
政治的な意図があります。

そう考えると、コロナの流行によって
多くの国が外国への門戸を閉ざした
2020年でした。
日本もようやく一部で
ビジネス関係者や留学生が、
自由に行き来できるようになったばかり。
多くはまだ閉鎖状態です。

そんな中で一番困ったのは、
海外からの援助に頼らざるを得なくなっている
地域なのでしょう。
食べ物がないのでは、
コロナどころの話ではありません。

ついつい状況に流され、
自分の国のこと、
自分たちの周りのことしか
目に入らなくなってきてしまった今年。

でも、世の中にはコロナ以上に
厳しい問題を抱えているところが
たくさんあることを忘れずにいようよ
……と。

そういうメッセージが、
ノーベル平和賞の選定には
込められているのでしょう。

といって大きなことはできませんが、
せめて心に留め、
その活動には関心を持つようにしたいですね。



[公私混同の時間]