古川での再会

毎週配信メルマガ「賢者の会」通信はこちら

最近は、この子の様子をうかがうのが、
日々の楽しみになっています(笑)

港区の古川、
そこに到来してきている
1羽のアオサギですね。

色はグレーだけど、アオサギ。
普通のシラサギの倍くらいで、
大人の背丈の半分くらいはありそうな
大きな鳥です。

毎年、冬にはここに来ていたのですが、
昨年は気候の影響か?
あるいはコロナのせいか、
あるいは単に見落としただけなのか?
とうとう見かけることができませんでした。

ところが今年は、1月になってから
川を見下ろせば必ずいます。
再会できて本当に嬉しいですね。

しかし、なぜこんな流れも少ないし、
首都高の下のドブ川のような
場所に飛来しているのか?
すぐ脇は明治通りで
1日中騒がしいだろうし。
その理由はよくわかりません。

近くには東大付属の
自然教育園があり、
自然のままの湿地帯が保存されています。
おそらくその辺から
ドロップアウトして来ているのでしょうが、
集団の中で安穏として
エサを分け合って生きるよりは、
自分は1人、
厳しい環境でも自由にやっていくことを
選ぶよ……と。

なんとなくこのコロナ禍で、
都会から離れてリモートで自立していく
逞しい人々を彷彿とさせますが、
鳥の世界にも
そんなベンチャー精神に溢れた者が
いるのかもしれませんね。

外出が制限されている現在、
なかなか楽しめることも減り、
家でストレスを感じている人もいるでしょう。

でも、身近な家の周辺からだって、
目を凝らせば
さまざまな発見ができるんです。
しばらくはそれを楽しみたいですね。



[公私混同の時間]

さすが日本の雪国文化

毎週配信メルマガ「賢者の会」通信はこちら

1月12日というのは、
「スキーの日」だったそうです。

今年はコロナ禍でスキー場も大変と思いますが、
冬のレジャーも、
来年はちゃんと復活してほしいですね。

この「スキーの日」なるもの、
ようは「日本に初めてスキーが伝わった日」
とのこと。

1911年にオーストリアのレルヒ少佐が、
新潟県の高田陸軍歩兵連隊に
スキーの指導を行なった。
これが日本で最初の
スキーになったんだという話です。

ただ、少し疑問にも思います。

アルプスに負けず、太古の昔から
雪国だった日本です。
スキーのそもそもをさかのぼれば、
紀元前8000年前とか6000年前の
狩猟採集民が、
雪山での移動に用いられていたらしい。

北欧で、ロシアで、中国やシベリアで、
その痕跡は発見されているそうです。

ならば日本にも、
「スキーらしきもの」は
あったのではないか?

調べたらちゃんとありました。
本土では「立ちソリ」などと
呼ばれたそうですが、
アイヌ民族の雪山での移動手段として
スキーに似たものは
利用されていたそうです。

右は19世紀に、
間宮林蔵が樺太探検時に描いたもの。
ひょっとしたら?
と思ったら、漫画の
「ゴールデンカムイ」でも、
ちゃんと描かれていましたね。

さすが日本人だって負けていない。
というより、
同じようなことはどこの民族も
考えている……ということなのでしょう。

日本人が冬のスポーツに強いのは、
もともとのDNAが、
しっかりと存在しているからかもしれません。



[仕事ができる人の歴史入門]
夏川の「日本史」入門はこちら

「できること」を探してみる〜電動爪切りの仕事術

毎週配信メルマガ「賢者の会」通信はこちら

歳をとると、足の爪を切るのが大変らしい……。

そんなことを悩んでいたのは、
私の母親でした。

恥ずかしながら、
私はそんなことには無関心でした。
じつは定期的に、妹が家に来たとき、
切ってもらっていたようです。

ところが、コロナ禍で、
妹もしばらく家には来ていない。
それで放置していたらしいのですが、
かなり伸びてしまっている。
目が悪いので、自分で切るのは
かなり怖いとのこと。
さあ、どうしよう?

お前が切れよ!……って
ことかもしれませんが、
そっちのほうが怖い気もする。

で、探してみると、不勉強でしたが、
こんな機械が今はあるんですね。
「電動爪削り」
というものです。

使いかたは簡単で、
先端にある溝を爪に当てれば、
あとは自動的に削ってくれるようです。
試してもみましたが、
パチン、パチンと切るよりは、
かなり時間もかかりますですが、
安全にキレイに削ってくれます。

おまけに手元の暗いところを照らす
ライトも付いていれば、
アダプターを替えることで
ヤスリのようにも使えるようです。
これは結構、便利かもしれない……。

いずれにしろ
「誰かに切ってもらう」ということを
見切ってしまえば、
代わりの策はいくらでもあるわけです。

できないことを嘆くよりも、
「できること」を探してみれば、
意外と簡単なところに
解決策はあるということです。

あらゆることに、このことは言えそうですね。

このコロナ禍、
「できないこと」ばかりが増え続けていますが、
そんななかで「できること」を
積極的に見つけて
前に進んでいきたいものです。



[効率無視の仕事術]

こんな親子は、ちょっと羨ましい

毎週配信メルマガ「賢者の会」通信はこちら

本日はこちら、日本読書療法学会の
寺田真理子さんが送ってくださった
本の紹介です。

父と娘の認知症日記
(長谷川和夫、南高まり著
中央法規)
というもの。
寺田さんが編集協力をされています。

長谷川さんと南高さんは、
父と娘の関係。
娘さんが父親について書いた日記をもとに
およそ60年にわたる2人の人生を
振り返っている本ですね。

長谷川さんというのは、
医学者であり、聖マリアンヌ大学の名誉教授。
認知症研究の権威として
活躍された方です。
そもそもの「認知症」という言い方も
長谷川先生が提唱されて確立したそうですね。

そんな認知症の権威が、
2017年に自ら
「認知症」を患ってしまったわけです。
因果のようなものでしょうか。

けれども長谷川先生は、
そんな運命には屈しない。
認知症でありことを自らカミングアウトして、
一人の認知症患者が何を思い、
どれだけ行動することができるかを
発信していこうと決めたわけです。

娘さんはずっと
そのサポートをしてきたわけですね。

最初は「何を考えているんだろう?」
「恥をかくことがないように」と
考えていた娘。

でも、お父さんの奮闘を支援しているうちに、
だんだんとその思いを、
大勢の人に伝えたいと思うようになった。

2人の関係はテレビでも紹介されたそうですが、
親子って素晴らしいものなんだなと、
日記を通してその過程を振り返ると、
心温まるものがありますね。

別に認知症を扱った本として
考えなくてもいい。
何歳になっても、親には親の思いがあり、
子には子の思いがある。

でも、歩み寄って支え合うことで、
たとえ体が動かなくなり、
思考が100%機能しなくなっても
こんなに幸せな関係が続けられるんだな
……と。
あらためて思いましたね。

両親との関係が遠くなっている方には、
ぜひ読んでいただきたいです!



[常識転換の読書術]

成人の日を迎える前に

毎週配信メルマガ「賢者の会」通信はこちら

1月も10日なりましたが、
もうすぐ「成人の日」ですね。

かつては1月15日に固定されていましたが、
連休と連動して、今年は11日。
成人式を迎える方は、
本当におめでとうございます。

といって、今年はコロナで
しょうもない話にはなってしまいました。

私がかつて成人式を迎えた日というのは、
都心が大雪に見舞われた日でした。

それでも区の式典には出ましたが、
地元の友達がいたわけではないから、
とくに楽しい思い出があるわけでもない。
散々だった記憶しかありません。
それとどちらがマシなのかはわかりません。

とにかく中止になるところは残念ですが、
お祝い事やら何やらは延期すればいい。
それより考えてみたいのは、
成人式ということそのものの意味です。

文化人類学を学んだ方であれば、
ご存じの通り。
成人式というのは、
その社会の中で「大人」として認められる日。
ですから文化によっては
自分にその資格があることを
証明しなければならなかった。
これが通過儀礼(イニシエーション)と
呼ばれるものです。

決してそれは楽しいものでなく、
とくに狩猟民族であったり、
「大人=戦士」という文化では、
バンジージャンプをしたり、
ライオンと戦うような試練を
課されることもありました。

そうでなくても、
入れ墨や割礼のような痛みに耐えたり。
その覚悟を受けいれるのが
「大人になる」ということの
意味だったわけです。

日本はどうかといえば、
やはり「武士」の文化では、
重みが違います。

詳しくは『武士道』を
読んでいただけばいいのですが、
一律の成人の日でなく「元服」になるのですが、
武士としての名をもらい
刀を差すことを許可され、
次の戦には出陣を約束された。

女性もやはり、家を守るため、
己の名誉を守るために、
短刀を脇に差すことを受け入れたわけです。

まあ、現在はそんな重い話ではないのですが、
やはり本来は
「社会の構成員になる」ということを
自覚しなければいけない。

そう言いながら、自分も含めて
大の大人は
チャランポランだったりするのですが、
とくに現在のような緊急時だと、
「1人の社会構成員として、
社会の全体利益のためにどうふるまうか」は、
求められるようになるのが
成人の日の意味ではあるわけです。

そう考えると、
「緊急事態宣言の中での成人の日」
というのは、
じつは絶好のタイミングなのかもしれません。

何も考えずに行動するのでなく、
自分のことだけなく、
世の中を考えて行動する機会を与えられる。
いまの振る舞いが、
この先の大人になってからの人生を
左右するかもしれませんね。



[武士道の読み方]