勉強する楽しさ、仕事をする楽しさ

5月26日の土曜日は
「第60回・賢者の会」を開催します。

まあ、何度も告知しましたから、
あらためてになのですが、
ゲストは「フライングキッズ」という
学習塾を主宰している
小畑希久子先生。

テーマは、
『「天才のつくり方」教えます』
……というもの。

ミニセミナーでは、現役高校生の女性が、
自らの研究テーマであり、
それで大学入試に挑む予定の
「介護」の問題について話してくれます。

詳しくはこちらです!
https://www.facebook.com/events/200837474054154/

今日はその、小畑先生のブログから。
https://ameblo.jp/flyingkids1997/entry-12378486559.html
写真は、きづなさんと、
しづくさん……という、塾の愛犬です。

2匹の犬はボール遊びが大好きとのこと。
投げたら、
当たり前のように取ってくる。
そして、
「もう一度、投げてくれ」と催促し、
投げたらまた、取りに行く。

犬を飼っていない人からすると、
この感覚がよくわかりません。
だからてっきりエサをもらえるから
取りに行くのだと思ってしまう……。

ちがうんですね。
彼らにとっては、
投げたボールをとってきてあげること自体が、
ご褒美!
それを「自分の仕事」と考え、
楽しんでやっているわけです。

楽しいから、繰り返す。
でも、なんでそんなこと楽しいの?
つまりは、みんながそれを喜んでくれる。
1つの達成感をそこに感じているわけです。

小畑先生はそうなるためには、
「初期設定が大事」と書いています。

勉強も、仕事も同じですが、
そもそもそれを「好きなこと」として
やっているかで、
結果に大きな差が出る。

でも、
「好きなこと」と思えるかどうかは、
そこにある達成感や、喜びを
いわゆる「右脳」が感じているかどうかに
かかっているわけですね。

ということは、非常に根本からの
モチベーションづくりが大切になるのですが、
小畑先生はそれを
子供たちの教育に取り入れて、
成功してきた方。

やり方は結局、
話題の「働き方改革」だろうが、
アメフトだろうが、
変わりません。

どんな他人が決めた報酬も、
当人の右脳を刺激することはない。
そうなるような舞台を整えてあげないと、
初期設定はできないわけです。

今回、話してくれる高校生の方も、
まさに「自分で切り開く勉強」に
楽しみを見出し、
そのテーマをもって
大学に挑戦しようとしている方。

その辺りの話、勉強会ではぜひ
2人に聞かせていただきましょう!



[賢者の会・賢者のビジネス研究所]

ここも日本の近代教育が始まった地の1つ!

土曜日は「賢者の会」を開催しますが、
今回の会場の
「高輪いきいきプラザ」周辺には、
史跡が非常に多いということで、
これまで「東禅寺」や「高野山東京別院」を
紹介しました。

ここも近くにある、歴史的建造物の1つ。

国道1号線沿いでひときわ目立つ
お洒落な洋風の建物。

1890年に建てられた
明治学院大学内の「記念館」ですね。
後ろが校舎の1つですが、
独特な大学のたたずまいです。

明治学院大は、
日本最古のミッションスクール。
つまり、キリスト教の神父さんが
つくった学校ということ。

当初は横浜にありましたが、
創設者は、
ジェームス・カーティス・ヘボンさん
という方。
この名前、効いたことがあるでしょう。

そう、「ヘボン式」と言われる
ローマ字をつくった方。
そのお陰で、
日本人は自分の名前や固有の文化を
英語表記で書けるようになったわけです。
その功績は非常に大きいですよね。

ちなみに「ヘボン」というのは、
本当は「ヘップバーン」の名です。
日本人に言いやすいように、
あえて「ヘボン」を名乗ったんですね。
漢字だと「平文」。
それだけ日本を
非常に愛したということでしょう。

もともとは医者として
幕末に来日したヘボンさん。
「キリスト教を伝えたい」
という熱意と、
「少しでも日本の近代化に役立つように」
という気持ちで、
「ヘボン塾」を開校。
これが発展して、
現在の明治学院大学になりました。

国を越えて、
若い人たちの教育に寄与しようという姿勢は、
本当に頭が下がりますね。

くしくも次回「賢者の会」では、
大学へのAO入試を目指している
現役高校生がお話をしてくれます。
この大学を受験するわけではありませんが、
私たちもできる限りの協力は
やらなくちゃと思います!
https://www.facebook.com/events/200837474054154/



[仕事ができる人の歴史入門]
夏川の「日本史」入門はこちら

風邪を引いたので「ういろう」を

今日は風邪を引いてしまったのか、
頭が痛くて、気持ちが悪い。
なんか熱もあるようです……。

なので1日寝ていたのですが、
風邪薬が切れていたので、
「何にでも効く」ということで
飲んだのがこちら。

銀のつぶつぶは、
あまり体によさそうでない
……のですが、
それでも小田原で古くから製造されている
伝統的なクスリ。

その名も「ういろう」です。

別名、「透頂香」だそうですが、
漢方から伝わり、
江戸時代には小田原名物として
全国からお客さんが殺到したとのこと。

にしても、普通「ういろう」といえば、
名古屋のお菓子ですよね。

ただ、一説によると、
もともと「ういろう」というお菓子は、
クスリを買いにはるばる来たお客さんを
もてなすために、
小田原で出されていたお菓子が起源
……という話もあるそうです。

また、この銀の色からは想像できませんが、
薬の「ういろう」に似ていることから、
お菓子が「ういろう」と名付けられた説も。

いずれにしろ、
お菓子よりクスリのほうが
じつはオリジナルの可能性が高そうですね。

当然、漢方ですから、
原料はほぼ天然のもの。
現地でしか買えないそうですが、
何にでも効く万能薬として、
昔から重宝されてきました。
小田原を訪ねた際は
探してみるといいかもしれません。

寝たり起きたりの1日でしたが、
早く回復するよう、
また私は寝床につくことにします……。



[公私混同の時間]

「恥」と「誠」

「自分の意思に反するようなことは、
フットボールにかかわらず、
すべてにおいて、するべきじゃないと思います」

日大アメフト部、監督の指示により、
反則をおかした当事者である
学生の謝罪会見。

勇気ある、立派な謝罪だったと思います。

まあ、日大側について考えれば、
言いたいことは山ほどありますが、
それは当人ですら、ほとんど言っていないこと。
この場ではやめておきましょう。

何より今回の謝罪を見ると、
讃えたいのは、純粋に「謝罪」だったこと。
というのも、
このところ政治家に官僚に芸能人に……と、
多くの人が謝罪をしていますが、
みんな「謝罪」じゃないんです。
「自己弁護」だったんですね。

この日大の彼は、誰のせいにすることもなく、
自分の非を詫びた。
1つは、相手選手に怪我をさせたこと。

もう1つ、これが重要ですが、
「自分に対する義に背いたこと」です。
つまり、
「自分で『正しくない』と思うことを
やってしまったこと」
これを認め、詫びる人は、
ほとんどいないんじゃないかと思います。

自分が正しいと思うことを貫くこと。
武士道』の世界では、
それを「誠」と言いました。

そもそも戦いによって生まれた哲学です。
敵対する同士で、
「正しいと信じること」は、
ときどきすれ違います。

けれども自分の行為に誇りを持ち、
罰せられても
「この心には何の曇りもないんだ」と
腹をかっさばいて証明する……。
これが「切腹」の理屈だったわけです。

逆に、
自分でも「正しくない」と思うことをやり、
認めずに、しらばっくれていることを
「武士道」では「卑怯」と呼び、
もっとも不名誉で
「恥ずべきこと」していたわけです。

かつては恥だった不名誉も、
現代の大人は、何食わぬ顔をで
自分に言い訳しながらやっていることも
事実でしょう。
「仕方ない」とか、
「それが世の中だから」とか。

けれども日大の事件が象徴するように、
やっぱり日本人は
「卑怯」を嫌うわけです。
それが現代のようなSNS社会になると、
人を味方にできるか、
できないかの大きな違いになる。

その点で、日大の彼は
非常に大切なことを
身をもって教えてくれたのかもしれません。

私たちもこれから、
ちゃんと「誠」を貫く努力を
していかなければな……と、
思いました!



(写真©Dave Sizer)

「武士道の読み方」

「武士道」はここから世界へ広がった

いよいよ週末
26日の土曜日は「賢者の会」。
「天才につくり方教えます」
というテーマですね。
https://www.facebook.com/events/200837474054154/

その内容は告知しましたが、
今回の会場、
「高輪いきいきプラザ」の周辺は
史跡の非常に多い場所……と
前に述べました。

ここはまさに隣にある場所。
「東禅寺」という閑静なお寺。
小さいけれども、
美しい「三重の塔」がそびえています。

じつはこのお寺、
日本史にも、また『武士道』にも
大きくかかわっている場所なんですね。

以前にも紹介しました。
幕末の頃、ここには
「イギリスの公使館」、
今で言うところの「大使館」が
置かれたわけです。

開国後、江戸にやってきた外国人は
お寺で生活していた
……というと不思議ですが、
江戸でVIPが停まれる場所というのは
大名屋敷かお寺しかないわけです。

前者には各藩のさまざまな思惑をあり、
尊王攘夷のころ。
必然的に選ばれたのは、
お寺だったんですね。

それでもここでは、
水戸藩の武士による襲撃事件、
「東禅寺事件」と呼ばれる騒動が
1861年に起こっています。

それでも幕末にイギリスから来た大使たちは、
武士の文化を世界に広げる
発信源になっていました。

その記述は、
明治時代にアメリカで書かれた
武士道』にも、多く引用されています。
「日本には武士というスゴい奴らがいるぞ」
「江戸って面白い場所だぞ」
「彼らは切腹なんてするんだぞ」……と。

まあ、ここで暮らした人たちが、
世界に広げていったわけですね。
通訳として有名になった
アーネスト・サトウさんも
寺の暮らしをつづっています。

おおむね彼らが好意的に
日本のことを伝えたことで、
私たちの国は
世界にリスペクトされる結果になりました。
だとすると、この東禅寺の功績は
非常に大きかったのかもしれません。

品川駅からすぐですので、
機会があれば、
ぜひ見学してみてください!



[賢者の会・賢者のビジネス研究所]