パリの空の下

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「私は私。
3歳でも、86歳でも、変わりません」

フランス、シャンソンの大御所、
ジュリエット・グレコさんの言葉ですね。

人生を通じて世界最高峰の歌手であり続け、
「生きる世界遺産」とまで言われた方。
93歳の人生を閉じたそうです。
2016年に脳卒中で引退していたんですね。

『パリの空の下』『枯葉』など、
数多くの代表曲があるグレコさんですが、
一貫して黒い服を身にまとっていたことでも
知られていました。

なんでもその理由が、
自分に対するコンプレックスだったとか。

なんせ戦時下のフランスで育った
グレコさんは、
母親がレジスタンスに参加していた関係で、
10代のころに
強制収容所に入れられています。

「年齢がまだ若い」ということで
16歳で収容所を出ますが、
自分に何ができるかわからない。
おまけに生活も貧窮していて、
男性ものの古着を
ずっと身につけていたそうです。

そんな彼女の歌の才能を見抜いたのは、
大作家のジャン・ポール・サルトルでした。

「それだけが私にできることだ」
そうやって人生の意味を見出した彼女は、
やがて戦後復興期のフランスを象徴する
人気歌手となっていったわけです。

自分は風変わりで、
みすぼらしい女の子に過ぎない。
でも、歌う人生を歩む人間として、
たまたま選ばれた。
ならば、その「歌」という手段で
戦い続ける……。

そうして86歳まで現役、
生涯を通してレコーディングした曲も
500曲を超えていたそうです。
日本でもたびたび、
シャンソンのブームを起こしていたそうです。

誰だってみんな、
絶対的な自信を持っているわけではない。
でも、
「これだ」という生きる意味を見つけたら、
必死にそれをもって
人生と格闘するしかない。
成功だとか失敗だとかは、
他人の判断に任せればいいんだ……と。

結果的には大スターになった人生ですが、
ごくごく普通の私たちが「今やるべきこと」を
教えてくれている気がします。



Words of Wisdom〜君はこの言葉を知っているか?

3人よれば文殊の知恵

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連休が明け、
いきなり涼しい気候になってきました。
急激な気温の変化に
風邪などを引かないように注意ください。

本日は米国のTIME誌で
「世界で最も影響力のある100人」が
選ばれたことが紹介されていました。

日本人として、
テニスの大阪なおみ選手と、
性的暴行をうったえたジャーナリスト、
伊藤詩織さんが選ばれたことが
話題になっていました。

それは素晴らしいことですが、
肝心の「最も影響力のある人」に
誰が選ばれたのかが、
あまり紹介されていません。

じつは5部門でこの100人は選ばれ、
それぞれナンバーワーンが決められるのですが、

たとえば「パイオニア部門」では、
大学生のミュージシャンである
メーガン・ジー・スタリオンさん。

リーダー部門では、
政治家でも経営者でもなく、
アメリカのコロナ対策で活躍している
「国立アレルギー・感染症研究所」の所長、
アンソニー・ファウチ所長が選ばれています。

大統領ともしばしば対立しながら、
感染症対策を進めている方ですね。

そして大阪なおみさんとの関連で言えば、
人種差別撤廃運動の中心となっている
「Black Lives Matter」の創設者、
アリシア・ガーザさん、パトリス・カラーズさん、
オバル・トメティさんの女性3人が
「アイコン部門」に選ばれています。

日本ではあまり馴染みでありませんが、
そもそもこの運動が始まったのは
2012年のこと。
10代の黒人少年、
トレイボン・マーティンさんが射殺され、
犯人が無罪になったことがきっかけです。

彼女たちは特別に
力をもっていたわけではありませんが、
SNS上にハッシュタグをつくり
差別への不満を皆から聞き、
発信できるようにすることを始めました。

多くの差別事件を通して、
このハッシュタグが活性化。
世論にうったえ、デモを呼びかけ、
行政を動かす場になったわけです。

いろいろ逆差別の問題も出ていますが、
大多数の米国人はこの運動を支持し、
大統領の選出にも大きな影響を与えるとか。
たった3人で、
まさに世界を動かすムーブメントを
生み出したんですね。

今の時代は、小さな力からでも
世界を動かすことができる。
うちの会社も3人でやっていますが、
大きなことができるよう
見倣いたいものです(笑)



[コロナ後の未来へ]

「コオロギ」の仕事術

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涼しかった今日ですが、
たまたま午前中に
休憩で神社の境内に寄ると、
すぐそばで何匹かの虫が鳴いている声。

「コオロギ」ですね。
すっかり秋になりました。

鳴いている範囲は非常に狭く、
砂利石のある小さな一画に限られています。

ならばその姿を見てみようと、
近づいて見ると……いない!?

いや、音は結構大きくまだ鳴いています。
でも、声はすれども姿は見えず。
石の下なのか?

そこでちょっと石を動かすと、
1匹が顔を出した。
画像のどこかにいるのですが、
わかるでしょうか?
気になる方は探してみてください。

にしても、その昔、虫取りをした方は
覚えているでしょうか?

コオロギという昆虫、
バッタやキリギリスはもちろん、
スズムシなどと比べても
ずっと小さいんです。
探すのは案外と難しい。

その小さな虫が、さらに石の下にいて、
鳴いているんです。
それにしては、
かなり声が通っていますよね。
他の秋の虫と比べても
声量がかなりあるんじゃないか?

じつはコオロギの鳴き声については、
まだまだ解明されていない部分が多いようです。

「鳴く」と言いましたが、
正確には2枚の羽をこすり合わせて
音をだす仕組み。
だからむしろ
「楽器を演奏する」のに近いのでしょう。

この小さな羽に
どうも「ミラー」とか「ハーブ」と呼ばれる
独特の共鳴装置がついていて、
音の大きさや高さを調整しているとのこと。
どんなに小さな個体であっても、
安定した音を出せるようになっているそうですね。

なかなかスゴい
コオロギの音響システムですが、
演奏の目的はオスの求愛行動です。

つまり、女性の心をうっとりさせるために、
美しい音を進化させてきた
……というのは、人間の男性歌手と
変わらないのかもしれません。

ちなみに、こちらのコオロギ、
「エンマコオロギ」と呼ばれるのは、
かなり、いかつい顔をしているから。
まあ、男は顔じゃないんだよ、
ということです。



[公私混同の時間]

信じて疑うことなかれ!

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「信じて疑ふことなかれ。
祈りてうむことなかれ。
為せよ、屈するなかれ。
時重なればその事必ず成らん」

信念をもって諦めずに臨めば、
必ず夢は実現できる……。
そんな言葉ですが、
「児童福祉の父」と呼ばれた
石井十次さんのものです。

本日22日は「秋分の日」ですが、
同時に「孤児院の日」としても
知られています。

明治20年に「孤児教育会」という
日本最初の孤児院が
岡山に誕生したんですね。
創設したのが
医師だった十次さんです。

石井十次さんは、
宮崎県の貧しい農村の生まれ。
早くに両親を失い、
若いころは様々な職業を
点々としていたようです。
反政府分子として投獄されたことも
ありました。

そんな彼を変えたのは、
キリスト教に改宗したことと、
当時、政界を引退して
鹿児島で農業をしていた
西郷隆盛さんの教え。

「自分も世の中のためになることを
しなければ」と、学校に行き直し、
医師になることを志したそうです。

そんな折りに、1人の貧しい母親から
子供を引き取ります。
それがきっかけで、
「全国の親のない弧度たちを救おう」と、
海外に倣った孤児院を
日本で創設することを決意するんですね。

ときは日露戦争を経て、
多くの戦災孤児が生じた時期。
彼がつくった孤児院には
1200人の子供たちを抱えていたそうです。

「親のない孤児よりも、
もっと不幸なのは心の迷い子、
精神の孤児なのです」

彼が創設した孤児院は
今はもう存在しない。
でも、多くの子供たちが
現在も心の迷い子となっていることは
変わりません。

大人の使命を、
今日のこの日には実感したいですね。



Words of Wisdom〜君はこの言葉を知っているか?

「敬老の日」にできること

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9月21日は、「敬老の日」の休日です。

実家に戻り、ご両親への孝行、
あるいは故郷へ戻り、
祖父母孝行をしている方も
多いのではないかと思います。

なんせ春からお盆と、
今年はずっと、
外出を控えることを強いられた
1年でした。

やっとコロナも落ち着き、
実家に挨拶ができるか?

それでもまだまだ東京は
200人以上の感染者が出ていますからね。
控えている方も多いかもしれません。

この敬老の日、2003年から
「9月の第3月曜日」となっていますが、
昔は9月15日でした。

この「9月15日」という日、
伝承では奈良時代の8世紀に
元正天皇が「養老」という
元号に変えたのが
一つの根拠になっているようです。

きっかけになったのは、
岐阜県にある「養老の滝」。
その水の力を知った天皇は、
「醴泉は、美泉なり。もって老を養うべし」と。
つまりは、
「年老いた人々が、もっと健康でいられるよう、
年号も変えてしまおう」
ということで、
思い切って年号まで変えてしまったんですね。

日本史に詳しい方は、ご存じの通り。
元正天皇というのは、女性の天皇。
やはり女帝であった元明天皇の娘で、
18歳にして即位しています。

なんで18歳の女の子が
皇位を継承しなければならなかったか?
といえば、
皇族たちが次々と
病に倒れていったことが影響しています。
当時、日本では
天然痘が流行していたんですね。

民たちが少しでも長生きできるように……。

元号を変えてまで願った思いが、
いまの「敬老の日」まで
引き継がれているわけです。

そう、大切なのは、
「長生きしてね」という願いを
伝えること。

みんなが不安な2020年ですが、
ほんの少しでも、ご両親や祖父母の方を
元気づけてあげてほしい。
直接会えなくても、
できることはたくさんあるのでしょう。
時間を使ってあげることが
何より大切ですね。

イラストはMaikoWatanabeが
描いたものです!



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