なぜいまでも求められる「残業しない術」

考えてみれば、
数年前は、こんな本を次から次へと
書いていたなあ……と。

『なぜ、仕事ができる人は残業をしないのか?』
『図解・残業ゼロで、仕事ができる人の習慣』
『人を出し抜く残業しない術』
『残業ゼロですごい結果が出る時間術』

合わせれば部数もまあ、
それなりになったのではないか。
いい時代でしたねえ(笑)

ただ、そんな時代から何年も経ち、
いままた「定時に帰る」というのが
ドラマなどでも注目され出しました。

いつになっても、変わらない。
それも変なことなのですが、
永遠のテーマにもなっているようですね。

遅くまで働くことが褒められたのは、
過去の話。
それから
「効率よく働こう」という流れになり、
いまは
「働き方そのものを見直そう」
という動きになっています。

それでもおそらく、
大げさに言えば「文化」というか、
価値観や意識が、
まだ大きく変わっていないんです。
だから
「働く量」と「働く時間」が
一致していない。

「たくさんの仕事vs
できるだけ少なくしたい労働時間+人手」
の問題を
世の中はまだ解決していない
……ということですね。

実際のところ、
スピードアップする技術を身につければ、
3日かかる仕事が数時間で終わる
……といった
都合のいい時間術はありません。

「仕事にかかる時間」をどのように解釈するか。

もっといえば、
「自分の仕事」をどう定義するか?
とか、
「自分の時間」をどのように考えるか?
……といった、根本に立ち返らないと、
「残業をなくす」とか、
「定時に帰る」というのは、
まったく意味をなさない問題になります。

やはり残念なのは、
働く人たちが主体的に
「時間の使い方を変えよう」とするのでなく、
時代の要請や社会の変化で、
仕方なく「定時帰るべきだ」ムードに
なっていることでしょう。

そうすると残念ながら、
働く側は損しかしない。
あるいは時間のメリットを
生かすことができない。
それこそが現在の
一番の問題のような気がします。

言っていくとキリがなくなりますが、
案外と仕事の問題の根本は、
このテーマに
凝縮されているのかもしれないな
……なんて思ってしまいますね。

いつか考えをまとめたいものだ。



[お仕事のページ]

眠り方にはちゃんと理由がある

いつの間にかウトウトしてしまって、
気づいたら深夜の3時過ぎ……。

それで明け方の
ブログ更新になってしまいましたが、
少し冷え込んでいたせいか、
いつのまにか毛布をかけていたようです。
それで少しウトウトが
長くなってしまったかも。

まあ風邪をひかなくてよかった
のでしょうが、
そんな私に似ているのかも。
こちらは今日、川辺で撮ったもの。

わかりにくいのですが、
丸まっているのは「カルガモ」ですね。

「カルガモ 丸まっている」で
検索すると、
もっと可愛らしい写真が
たくさん出てくると思います。

にしても、
「野性の鳥が眠っている姿」というのは、
ほとんど見ないと思います。
それもそのはずで、
たとえば水鳥などの多くは、
水辺に浮かんだまま休息することが
多いようです。
危険に備えるには、
「いざ、というときにすぐ動けるように」
とか、
「眠っているのを悟られないように」と
無防備な状態をされけ出さないのが
基本なわけですね。

カルガモも原則はそうなのですが、
こんな無防備な状態で丸まっていて、
大丈夫なんだろうか?

そもそも渡り鳥なのが定着したのが、
カルガモという鳥。
だから気温の変化には
弱いんだそうですね。

そのぶん全身が毛で覆われた形になり、
カルガモは環境に適応しました。
ところ唯一、
クチバシだけは毛で覆うわけにはいかない。

それでこんなふうに丸まって、
「クチバシを羽毛の中であたためる時間」
をつくるんだそうです。
なるほど、ひょっとしたらこの状態でも
周りには警戒しているのかも。
そうなのかな……。

カルガモは基本、
活発に活動するのは夜だとのこと。
それまで本調子でなければ、
ちゃんと休息をとる。

ベストパフォーマンスの状態を保つには、
とても大切なことなのでしょうね。

休んでいるようで休んでいない現代人。
自分たちが動物であることを認識して、
休むときはしっかり休みましょう。



[効率無視の仕事術]

「大雨の日」の楽しみ方

本日の東京は、
久々の大雨でした。
風が強く、傘をさすのも大変でしたが、
皆さんは大丈夫だったでしょうか?

こんな日は、うちでじっとしていたい……。
でも、仕事をしている方は、
そうはいきませんよね。
会社にも行かなきゃいけないし、
外出予定があれば、
キャンセルするわけにもいかない。
かなりユウウツになります。

かくいう私も、
今日は打ち合せがありました。
出やすいところで、
歩く距離は短かったのですが、
それでもずぶ濡れになってしまいましたね。

でも、その打ち合せで話題に出たのは、
「仕事の楽しみ方」です。
考え方次第で、
仕事はいくらでも面白くできる。
実際にそういう本を、
私は書いていました……。

どうせ大雨の日に
出かけなければいけないなら、
その状況をどれだけ楽しめるか?

①周りの人を応援する
……実際に外に出れば、
案外と大勢の人が雨の中でも
日常をこなしていることに気づきます。
とくに今日は時間がら、
大勢の学生さんを見ました。
みんなのがんばりを見て、
自分も「しっかりしなきゃ」と思う。

②人のあたたかさに気づく
……天候が通常ではないぶん、
よく見れば普段以上に、
周りの人が他の人に気を遣っていることに
気づきます。
たとえば乗り物では席を空けていたり、
傘を閉じる時間を待ってあげたり。
喫茶店でも心なしか、
対応が優しいように見えたかも。
この国もまだ捨てたものじゃないなあ……と
感じますね。

③雨の風景を観察する
……余裕があれば、雨の中の木々花に
目を転じてみる。
すると雨の中の植物っていうのは、
案外とイキイキとして
美しかったりするんです。
風に耐えている力強さも感じられますね。

そんなふうに発想を感じると、
イヤイヤ外出するどころか、
メリットはたくさんあるのではないか……。

もちろん安全上はできるだけ、
外に出るのを避けるに越したことは
ないでしょう。
でも、出なければならないのであれば、
せっかくなので気分よく、
逆境を楽しみたいですね。
参考にしてみてください!

写真は雨の中、外出した先、
わかる人はわかるんだろうなあ。



[効率無視の仕事術]

意外に統一できない「長さ」の歴史

5月20日は、
「世界計量記念日」だったそうです。

いまから140年以上前の1875年に、
パリで
「メートル条約」というものが締結され、
世界中の異なる長さの単位を
メートルに統一しよう
……という話になったんですね。

そして日本でも、
いまは当たり前のように
メートルが使われているのですが、
じつは世界で「それが当然」
というわけではないようです。

実際、アメリカでは、
フィートだったりヤードだったり、
マイルというのが規準ですよね。
だからイマイチ、
向こうの映画を見ていても、
距離がピンと来なかったりする。

アメリカどころか、
日本でも土地に関しては「坪」ですよね。
いつもそれで広さを聞かれると、
私は全然、見当がつかずに
マゴマゴしたりします。

そもそも長さの単位というのは、
古くから「体の部位」を
規準に決められてきました。

親指の長さ……インチ
指先から肘までの長さ……キュービット、尺
足の長さ……フィート

あとはこれを倍にして、
大きな単位を決めていくという具合です。

でも、こういうのって、
人によってマチマチですよね。

だから国はもちろん。
国内でも地方によって
長さの規準がバラバラだったりする。
これは国を支配し、
税をとるのには
非常に不便な話になってきますから
どこの国のリーダーにしても、
「度量衡の統一」は重要課題として
歴史を動かしてきた背景があるんですね。

メートルというのは、
そうした地方差を生じさせない
「普遍的な単位」
として考案されたものです。

だからこの規準が何かといえば、
「北極点から赤道までの長さの
1000万分の1」
ということになっているわけです。

それならば地球が変形しない限り、
長さは一定ですよね。

その前段階として、
多くの測量者による
「地球の長さを測ろう」とする
はてしない努力があったわけですが、
そうした成果によって何気ない
「長さ」が生まれていることを
私たちは知らなければいけないですね。

写真は2メートルくらいあるのだろうか?
長〜い、モノサシのような木の板に
お刺身をのっけて出してくれるお店。

こういうのも
「長さの規準」があるから、
できることなんです。きっと。



[仕事ができる人の歴史入門]
夏川の「アジア史」入門はこちら

偉い人ほど「広報」をする!

本日は母親とそのお友だちの方何人かを、
とある会合に
車で連れていく機会がありました。

つまりは皆、高齢の方々ですね……。
まあ、仕方ないのですが。

連れていった以上、
帰りも連れて帰らなければいけません。
それで午前中のみですが、
仕方なく私もその場でいろんな方の
話を聞いていました。
半分、眠りながら(笑)

ただ、そこでお話をされた方の中に、
消防庁のお偉いさんが入っていたんですね。
集まった大勢の人に、
こちらのパンフレットを配って
説明もしました。

「#7119」。救急相談センター
……というやつですね。

テレビなどでさかんに
宣伝もされましたが、
まだ十分に知れ渡っていないところも
あるのでしょう。

ようするに
「救急車を呼ぶべきか、どうすべきかな?」
という状況のとき、
救急相談員の方が
正しい処置を教えてくれるもの。
場合によっては電話の相談だけで
対処してしまえるわけですね。

これによる、
メリットはけっこうあります。

医療側にとっては、
必要のないところに救急車を回したせいで、
本当に緊急な人に、
対処が間に合わなかった……なんてことが
なくなる。

逆に患者さん側からすれば、
「大丈夫、大丈夫!
近所迷惑だし、大げさに救急車なんて
呼ばなくていいから」なんて、
放置した結果、大変なことになった
……ということを防げる。
高齢の方だと、
このパターンは多いかもしれません。

いずれにしろ、消防庁の偉い方が
わざわざ高齢者の多い場に積極的に参加し、
この広報をしているんだ
……ということに、少し感動しました。
面倒くさいことでしょうが、
とても助かりますよね。

役職が高くなれば、
自らが広報できる力は当然、増す。
ただ、それを生かしている人というのは、
そうそうはいないかもしれません。
仕事意識が高くないと、
なかなかできないことでしょう。

でも、どんな場に行っても、
それは1つの「機会」なんです。
「自分ができること」や「やるべきこと」を、
どこかでちゃんと
意識していたいものだなと思いましたね。

おかげで少し、
消防庁への信頼も増しました。



[夏川が出会った「できる人」たち]