挑戦! 創業百年の味のポップなPOP

賢者のビジネス研究所の
デザイナー&イラストレーター、
Watanabeのほうの仕事になります、写真。

「Green Dining」さんの依頼で、
日本橋コレドで開催された
食関連のセミナーに使う
POPを制作させていただいたそうです。

POPは少し大きめですが、
懇親会出す料理を説明したもの。
すべて創業100年企業の「名物」。

かなりアレンジもされていますね。
豆腐をディップにしたり、
今半のすき焼きをコロッケにしたり
……と、なかなか凝っています。

こちらの画像は3点ですが、
つくったのは8点。
すべてWatanabeのブログで紹介されています。
http://jyoseiryoku.com/

・鳥忠の玉子焼
・双葉の豆腐
・今半のすき焼きコロッケ
・神茂のおでん
・金鮒佐のケールの佃煮
・にんべんの鰹角煮マン
・にんべんの中華風炒め
・にんべんのタコのカルパッチョ

どれも美味しそうですねえ。
ブログのほうでは料理もちゃんと、
紹介されていますよ!

このイラストは全部、
オリジナルで描いたもの。

昨年からイラスト修行を始めている
Watanabeですが、
ついに「仕事」としても、
こうして作品を使われるようになりました。

なかなか手法も凝っていて、
「油」を描くために、
水彩の色に塩をまぜてはじかせたり。

「焦げ目」を出すのに、
油絵の筆で水彩を塗ったり……と、
いろんな工夫をしています。
その辺りはぜひ、
「女性力.com」のブログで確認くださいね。

いずれにしろ、
イラストの仕事もようやく始動した
……ということになります。

いろんな要望にも応えるそうですので、
何かあれば、ぜひ相談くださいませ。
イラストが入ると、
仕事のバリエーションは広がりますよね。

私もできるだけ協力していきますよ!



[賢者の会・賢者のビジネス研究所]

金メダルを支えた「公私混同」

あらためてブログで述べたいオリンピックの話。
昨日は見事な金メダルでした。
小平奈緒選手ですね。

女子スピードスケートの500メートル。
オリンピックレコードもつくっての
金メダルでした。
さすがでしたねえ、ホント。

今日は今回のオリンピックを
象徴するシーンになるかもしれません。
惜しくも敗れ、銀メダルとなった
地元韓国の李選手との友情を
ニュースでもよく取り上げていました。

そしてもう1つ、話題になっていたのが、
松本市の相澤病院との関係。
これ、私の書いた
成功しちゃう「人脈」は、じつは公私混同ばかり
にも通ずる話です。

なぜか「病院」に所属している
小平奈緒選手。

どうしてかといえば、
スポンサーが決まらなかった小平選手を
この病院さんが採用して、
ずっと金銭的な支援し続けていたんだそうでね。

それは病院と関係ない
……といえば、
その通りなんですが、
相澤孝夫院長は話を持ち込まれたとき
「スポーツ選手を応援することは、
世の中の役に立つことだから」と、
見返りを求めることもなく
決めたんだとか。

なんせ先代だったお父さんから、
「利益が出たら世の中のために使え」と
家訓のように言われていたそうです。
困っている小平さんを
院長も助けないわけにいかなかった。
キレイだからってことも、
あったんだろうか……。

でも、そのためにかかるお金は
半端なものではありません。
海外遠征費のみならず、
オランダ留学の費用も負担し、
その額は年間で1000万だとか。

それでも
「いいよ! 使えよ!」……と。
かっこいいですよね〜。

それで大損だったかといえば、
そうでもなさそう。
というのも、
小平選手を支えたことが評判になり、
この病院には遠方からでも
患者さんが通いにくるようになった
……とのこと。

実際、このブログを書くために
病院のホームページを見ようと思ったら、
「アクセス殺到」とのことで
つながりません。
かなり金メダル効果は出ていそうです。

つまり、公私混同でもいい。
人を助ける人は、自分も救われるんです。
そんなことができる人に
なりたいものですね!

写真は共同通信のものです!



[公私混同の時間]

強く願えば必ず叶う

羽生選手に続いて、
女子スピードスケートで小平奈緒選手が
金メダルをとりました。
本当に素晴らしいですね〜。

まあ、その話をしたいところではありますが、
もう次の土曜日は
「賢者の会」が開催されます。

2月24日の土曜日の14時半から。
中央区の「浜町区民館」にて。
会費は2000円ですね。
申し込みはこちらのFBページからになります!
https://www.facebook.com/events/145882769436136/

ゲストは、
頑張らなくとも一日3200万円売れました
という本を出されている営業のスペシャリスト。
坂本玖実子さん。

なので今日は、
この本のことを少し述べたいのですが、
まさに本書は
オリンピックアスリートにも通ずるような
核心的な言葉で始まっています。

「こうなりたい!っていう思いは、
強く願えば、必ず叶うからね」

坂本さんは母1人に育てられたのですが、
小さいころから
そう聞かされたそうなんですね。

でも、いくら強く願ったって
メダルをとれない人はとれないし、
営業でものが売れるわけもないのでは……。

でも、果たして
「願えば叶う」ということを
どれだけ私たち、確信しているでしょうか?

金メダルとか、
あるいは3200万円……なんていう
営業成績もそうなのでしょうが、
「それは必ず実現できるものだ」
という
信念みたいなものがなければ、
練習を根気よく続けることはできないし、
営業のスキルを磨き、
戦略をさまざま考え続けることはできない……。

そうでないと、
「怪我をしてしまった」とか、
「確実にとれると言われていたメダルを逃した」
なんていう挫折経験に、
心は折れてしまうでしょう。

「売れない、売れない」
「できない、できない」では、
ルーチンからは逃れられない。
できないときこそ、
「できる」と信じることが
本当は大切なんです。

もちろん本書も、
あるいは24日もそうでしょうが、
坂本さんは、
さまざまな仕事で仕える考え方や、
ノウハウを教えてくれます。

でも前提として「自分を信じること」は、
いちばん大切なんですね。

じつは坂本さんは、子供のころ
「治らないと言われていた火傷が治った」
という奇跡的な経験をしたことがあるそうです。

でも、そんな「些細な奇跡」であれば、
誰しもがじつは起こしている。
それを思い出すのは、非常に効果的かも……。

まあ、それ以上はぜひ、
24日のお話を聞いてみてください!



[賢者の会・賢者のビジネス研究所]

「右足が頑張ってくれた」

今日のブログは、
やっぱりこの人のことを書かずには
いられませんよね。

平昌の冬季オリンピックの
男子フィギュアスケート。
66年ぶりという連覇での金メダル。
本当に素晴らしかったですよね。
羽生結弦選手。

あらゆるスポーツジャンルと比較しても、
1人の日本人が
これだけ世界の頂点を極めている
……というのは稀かもしれません。

銀メダルの宇野昌磨選手と
並んでの表彰台となりました!

前回ソチオリンピックのときは、
故郷が大災害にあった
東日本大震災からすぐだったこともあり、
笑顔をあまり見せませんでした。
私は当時、「武士道」とからめて
紹介しています。

今回はそれに比べたら、
とてもよく笑っている……。

でも、やっぱり「武士道」なんです。
陰陽道でなく……。

ともあれ、インタビューで
真っ先に答えた言葉が、
「右足が頑張ってくれた」

知ってのとおり、
羽生選手は右足の靭帯の負傷で、
一時は選手生命も危ういのでは
……と言われたほどでした。

それを忍耐強く克服して、
ギリギリの復帰でほぼ100パーセントに
持っていくのがすごい。
それに加え、
自分の努力でなく
天から与えられた肉体にまず感謝している
……というのが、
素晴らしいことに感じました。

もちろん応援してくれた
大勢の人への感謝も忘れてはいませんが、
体というのもまた、天からの授かりもの。

だから武士たちは命を賭けて、
自身の役割をまっとうしようとしたのですが、
なんとなく似たものがありますよね。

今回の羽生選手は難しいジャンプを避け、
体に問いかけながら
自分のできるジャンプを確実にすることで
ナンバーワンの点数を叩きだしています。

ムリをすれば、
体は何でもできるというわけではない。

実際、私たちの日常でもそうなのですが、
体を酷使し、体が嫌がる使い方をしていたら、
結局、体調面で
ブレーキがかかってしまうわけです。
それは仕事の結果も左右します。

もっとも大切な「自分の体」を、
本当に大切にしているか?
一流のアスリートは、
ちゃんとわかっているから、
結果的には偉大なことを成し遂げる
……ということですね。



[奮い立たせてくれる言葉]
※過去の名言集、電子出版になっています!

「東横のれん街」の67年

先日、母親を病院につれていったときです。
車でなく、バスで行ったので、
帰りに渋谷駅に寄りました。

そこでひと言。
「東横のれん街があったころは、
『舟和の芋ようかん』が買えたのにねえ」
「いや、あるよ……」

そこで連れて行った「東横のれん街」。

現在は井の頭線のある
「渋谷マークシティ」の
地下にあるんですね。
昔とはかなり様相も変わっていますが、
「舟和の芋ようかん」も
ちゃんとありました。

そもそも日本発の
「デパ地下名店街」として、
JR渋谷駅に隣接している
「東横のれん街」ができたのは、
1951年のことだそうです。
私が生まれるずっと前ですね。

しかし東京にお住まいの方は、
ご承知のとおり。
渋谷駅は目下、再開発の真っ最中です。

もう何年、再開発しているんだ
……というほど長くなっていますが、
古くからあったものは
片っ端からなくなっています。

そして「東横のれん街」が入っていた
「東急東横店」は、
創業78年の歴史を閉じたわけです。
2013年のことでした。

しかし人気のあったこちら
「東横のれん街」だけは、
マークシティのほうに移ることで
継続しているんですね。

東横線からは遠く
井の頭線のほうにあるのに、
なぜか「東横のれん街」。
いいんです。
それがブランドというものなのでしょう。

まあ、現在、この種の名店街は、
あっちこっちにありますので、
正直、オリジナリティは
あまり見えないような気もします。

ただ、来ている人を見れば、
なんとなく高齢の方が多い。
なるほど、
「昔からの馴染み」という感覚は、
まだ残っているのでしょう。

再開発するのはいい。
でも、古くから愛されてきたものは、
形を変えてでも
こんなふうに継続してほしいものですね。



[公私混同の時間]