家康の「不遇の息子」と福井城

先日は金沢から、
啓発録』の橋本左内さんに会いに
福井市の「左内公園」に行った
……という話もしました。

福井ではこちらの場所にも寄っています。
「福井城」ですね。
橋本左内が仕えた君主、
松平春獄さんの居城。
福井藩の越前松平家が使用したお城です。
いまはお堀だけが残り、
中は県庁舎などに使われています。

この越前松平家の祖が
写真の方。
関ヶ原の戦いのあと越前を任され、
柴田勝家の
「北の庄城」があった場所に、
新しい城をつくりました。

徳川家康の息子でありながら、
不遇の人生をずっと生きてきた武将。
結城秀康です。

そもそも家康が
築山御前を正室にしていた頃、
側室との間に生まれたのが秀康です。
腹違いでも仲のよかった兄、
信康が謀反の疑いをかけられ
切腹させられたあとは、
後継者になってもおかしくありませんでした。

ところが家康はこの次男を冷遇し、
後継者を後の秀忠に指名すると
秀康は秀吉の養子として
事実上の人質にしてしまいます。
彼は「羽柴秀康」となるんですね。

羽柴秀吉が豊臣秀吉となり、
秀吉に実子が誕生すると
養子の存在は邪魔になりました。
そこで下総の結城家に養子に出され、
その家督を継いで
「結城秀康」となったわけです。

権力者の都合に振り回された人生
……ですが、
秀康が素晴らしかったのは、
誰に仕え、どんな役割を与えられても
結果を出し続けたこと。

関ヶ原の戦いでは、
実の父・家康のため
上杉家に対する押さえとなります。
その結果、越前を与えられ、
徳川家の発端である「松平」の名字を
名乗ることをゆるされるんですね。

最後は梅毒で亡くなった
……ともされる秀康さんですが、
彼が築いた福井藩は繁栄し、
幕末には開明的な藩として
歴史に名を残します。

それでも最後まで
徳川将軍の世の中を考えていた。
そんな忠義の藩に、
橋本左内さんは尽くしたんですね。



[仕事ができる人の歴史入門]
夏川の「日本史」入門はこちら

賢者の会+ゆるどく、新しく始まる読書会

日曜日に行なわれた
「第52回・賢者の会」。
寺田真理子さんの講義のあとの
ミニセミナーでは、
のび太でも売れます。』(水王舎)の
酒井晃士さんが登場しました!

テーマは新しく始める
「読書会」についてですね。

酒井さんは大手通信会社に務める
営業マンでありながら、
「スゴ読」などの読書会を主宰し、
雑誌などに取り上げられたこともあります。

ミニセミナーでは
酒井さんが経験から培った
読書論を披露してくださいました。

最初に、お断りしておきます。
新しく始まる「読書会」。
「会」というよりサークルですし、
皆さんの期待するようなものでは
ないかもしれません。

というのは、こういうことなんです。

・リアルな読書会を開いても、
結局は集客で苦労し、メンバーは固定されて
クローズなものになってしまう
・だから著者を招く。
でも人が集まらないと著者には悪いし、
メンバーには結局、
その本を買ってもらうだけの場になってしまう

いまの時代、
「本を読む時間」をつくってもらうことだけで
大変です。
しかも勉強会方式で人を集めても、
仲間うちに本が紹介されるだけで
一向に応援したい本が世に広まるきっかけに
なりません

それでも酒井さんは、誰よりも本を愛する人。

応援したい本であっても
部数が制限され、
書店で本がなかなか目立つ場所に置かれない。
また宣伝費も削減されている現在で、
著者ばかりがせっせとお金を
投資するような状態を歓迎しないのは、
私と同じです。

そこで今回やるとことは、
「ただ皆さんに
とにかく本を読んでもらって、
この本、応援しているよ」
という意思を示してもらう……それだけ。

書評も必要ありません。
書いても読まない人が多いから、
ここではナシ(笑)
ただ、
「この場所でこの本を読んでいるよ」
という
「画像」だけを投稿してもらいます。

それをツイッターとインスタグラムの
ハッシュタグで統合し、
ずらずらと並べていきます。

そのために強引ですが、
「29日はブックの日
……肉の日のみにあらず」
ということを決めました(笑)

29日には本を読んで、
画像を投稿しよう!
……ということです。

いくいくはHPをつくるかも。
またイメージキャラも
これから生まれるかもしれません。
ふだんは「フード」のために
働いているキャラが、
ここだけは本のために出張かも……。

詳細はまた告知するようにします。
とにかく酒井さんも本気、
夏川も楽しもうと思っています。
ここから何かが始まっていくといいですね。



[賢者の会・賢者のビジネス研究所]

「第52回・賢者の会」を開催させていただきました!

本日は麻布にて、
「第52回・賢者の会」を
開催させていただきました!

午前中は激しい雨も降っていましたが、
お集りいただいた皆様、
本当にありがとうございます。

今回は
『可能性を広げる「読書法」』ということで、
翻訳家であり、読書療法学会会長の
寺田真理子さんが、ゲスト講師。

何より驚かされたのは、
その本に関する知識。
小説、自己啓発、サイエンス、古典、
絵本、健康書、マンガ……と、
いろんなキーワードで
様々なジャンルの本が飛び出してきます。

少年院向けの本の選定なども
一時はしていたそうで、
その目利きの力は、
素晴らしいものがあります。

しかも寺田さんは書評家やブロガーとして
仕事をするのでなく、
「どんな人にどんな本が役立つのか」を
「読書療法」という立場から
研究しています。

肩こりにビクトール・フランクル
……というのは、爆笑でしたが、
本というのはこれほど深く読めるのかと、
長く出版の仕事に携わっている私も
今回は勉強になりました!

寺田さんが教えてくれた
本を選ぶポイントは、次のようなもの。

1 シンクロニシティ
2 芋づる式
3 同質の原理
4 先達の知恵
5 装丁

写真は「ピアノ」から広げた読書ですが、
「自分の好きなジャンルの本」を
読むだけでも、
小説に、科学に、自己啓発に……と
じつに幅の広い学習ができます。

また、
自分の直観から始める……ことで、
心が本当に欲している情報や
自分の奥底にある願望を
具体的な形にすることができるんですね。

現代は読書離れが進み、
必要性から本を読むニーズはあっても、
純粋に楽しむために本を読む時間は
日本人の生活から失われつつあります。

けれども寺田さんの講義によって、
私たちは本によって興味を何倍にも掘り下げ、
何倍にも成長することができるんだなと、
あらためて感じましたね。

「賢者の会」でもこれからどんどん
本に関することをやっていきますよ!

ミニセミナーでは酒井晃士さんが登場し、
新しい読書サークルの構想を
語ってくださいました。
こちらは明日のブログで紹介しましょう!



[賢者の会・賢者のビジネス研究所]

「賢者の会」の前に、寺田真理子さんのトークイベント!

6月25日は、麻布十番にて、
「第52回・賢者の会」を
開催します!
『可能性を広げる「読書法」』
ということで、
翻訳家であり、読書療法学会会長の
寺田真理子さんが、
今回のゲスト講師ですね。
https://www.facebook.com/events/263032740839034

本日はその寺田真理子さんの
トークイベントが、
渋谷の大盛堂書店さんで開催されました。
ケイト・スアファーさんの
認知症を残り越えて生きる』という
本に関してです。

お隣は進行役の「本のソムリエ」、
団長さんですね。

寺田さんは、
ご自身が読書によって心の病気を
乗り越えた……という経験の持ち主です。

そんなことから、
読書をもっと広く
心の問題を解決する方法にしようと、
「読書療法学会」を立ち上げました。

その流れで、最近は認知症の
「パーソンセンタードケア」に
かかわっているのですが、
この「認知症」もやはり「心の問題」。
必ずしも高齢化の問題ではありません。

現にこの本の著者である
ケイト・スアワファーさんは、
49歳という年齢で
認知症を宣告されているわけです。

過去を忘れてしまうという障害、
それはつまり
「人生が失われていく」ということですが、
彼女はそんな状況と闘い続けています。

その方法がやはり
「書くこと」であり、
「読むこと」であったわけです。

忘却量を凌駕する知識を本で仕入れ、
ブログで文章を書き、
詩人となり、作家となり、
世界中のたくさんの人に
勇気を与え続けています。

これもやはり「読書」の可能性でしょう。

「言葉は他者が
私たちをどう見るかを定義する」
「言葉は私たちが
自分たちをどう見るかを定義する」

非常に深いことを言っていますが、
寺田さんが強調して訳した
ケイト・スワファーさんの言葉。

おそらく「読書」は、
自分づくりのための1つの方法なのだと
思います。

明日はどんな話が聞けるのか?
「賢者の会」はドタ参加大歓迎ですので、
興味ある方はぜひ
のぞいてみてください!





[賢者の会・賢者のビジネス研究所]

橋本左内に会いに行こう

本日は金沢の話の続きですが、
今回は帰り際、富山方向へは戻らず、
福井のほうに遠回りして帰ってきました。

理由はどうしても行きたかった場所に
おもむくため。
現代語訳させていただいた
啓発録』の著者。
橋本左内さんが眠る、
「左内公園」です。

あまり観光客は訪ねない、この場所。
でも感動したのは、
意外に明るい場所であったこと。
福井城からそう遠くなく、
小さな公園ではありますが、
ちゃんと駐車場もありました。
何よりキレイでしたね。

「幼心は捨ててしまおう」と言った
左内さんが、
いまは子どもたちの遊具と一緒にいる
……のも不思議ですが、
大きな銅像と
立派な『啓発録』の碑の向こうに
静かに隔離されている墓所。

この町で左内さんは、
愛されているんだな……と、
深く感動しました。

左内さんが処刑されたのは、26歳。
いったんは江戸に埋葬されますが、
その後、墓所は福井のお寺に移されました。

お寺がなくなっても、墓だけはそのまま、
公園として整備されたわけです。

碑にあるのは『啓発録』の各章。
 1.子どもじみた甘えは捨ててしまおう
 2.気力を思いっきり奮い立たせよう
 3.大きな志を計画しよう
 4.生涯、学びに努めよう
 5.付き合うべき友を選択しよう

これらは、いまの私たちにも
そのまま実践できる心。
というか、重んじなければいけない
指針のようなものです。

「今の世はあまりにも覚悟のない者に、
高い禄や重い地位を与え続けている。
そうでありながら、
この日本は平和で安楽な世の中が続いてきた。
つくづく私たちは、
過去のリーダーたちに感謝しなければならないだろう」

「大きな恩を受けながら、覚悟のない武士ばかり。
本来であれば、床に入っても眠ることができず、
食物を食べても
喉を通らないはずの事態であるはずだ」

なんだか現代に
そのまま当てはまるようなメッセージですが、
10代で『啓発録』を書き、
「君は何のために生まれたのだ?」
「やるべきことを本当にやっているのか?」
と、武士たちに問い続けた左内さん。

その生涯は短かったのですが、
吉田松陰さんや西郷隆盛さんなど、
時代を変えた人々に大きな影響を与えました。

私もここにはじめて来て、
「ちゃんとしなきゃな!」と
心を奮い立たせられました。

訳させたいただいた人間の1人として、
それに恥じぬよう、
これからの仕事を続けていきます!





[夏川賀央の「古典学のススメ」]