血塗られた日が祝われる理由

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7月14日というのは、
通常であれば「パリ祭」が
行われる日だそうです。

シャンゼリゼ通りからコンコルド広場まで
盛大な軍事パレードが開催される。
ただ、今年はコロナの流行で
パリもいまだ予断をゆるさない
状況になっています。

そんなわけで第二次世界大戦で
フランスがドイツに占領されたとき
以来の中止。
そう聞くと、どれだけ現在、
コロナウィルスが世界に深刻な打撃を与えているか、
よくわかりますね。

ただ、それでも祝祭は行なわれる。
というのも、この日は
そもそも「革命記念日」の祝日。

バスティーユ監獄をパリ市民が襲撃し、
フランス革命が始まった日です。
1789年のことでした。

日本でフランス革命と聞けば、
血なまぐさい歴史を想像します。

実際、ルイ16世や
マリー・アントワネットのほか、
多くの人がギロチンにかけられて
処刑されています。

発端のバスティーユ監獄にも、
そもそも政治犯は数人しか
捕まっていなかったそうですし、
革命以後、ナポレオンの登場まで、
フランスは周囲の王国と戦争を繰り返します。

ですから負の側面も多いのですが、
それでも市民は革命を祝うし、
いまでも当時にできた国家を歌っています。

日本でそんなふうに
「江戸幕府を倒したぞ」なんて、
いまだに明治維新を祝う人はいませんが、
その辺は、
「国民が支配を打ち破り、
真の自由を勝ち取った日」という
意識が強いのでしょう。

日本人にはその感覚はわかりにくい。
ただ、コロナの影響を大きく受けた今年、
私たちの生活は、
自粛したり、援助を受けたりと、
いままで以上に
国の決定に大きく左右されました。

そのなかで不満を持ったり、批判をしたりと、
少しこれまでと違うスタンスで
「国」や「自治体」を見るようになっています。

こうした傾向はある意味、
いつもの思考放棄から
私たちを目覚めさせるきっかけにも
なっているのかもしれません。

むろん革命なんて
ぶっそうなことは言いませんが、
もっと問題を「自分ごと」として
日本人もとらえる必要があるのではないか。

とくに感染が再燃する勢いの今、
国の規制ばかりを求める人が多いのを見ると、
少し考えてしまうところもありますね。



[仕事ができる人の歴史入門]
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なぜお盆の日に「そうめん」を食べるのか?

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本日はストックしていたはずの
「そうめん」がなかった……とのことで、
夕方に急遽、流水麺を会に行かされました。

なぜそんなに「そうめん」なのかといえば、
今は7月の「お盆」だったんですね。

お盆は8月という認識でしたが、
本来は7月15日の前後。
じつは旧暦の「中元節」という
中国の風習が元になっているそうで、
だいたいは8月。

これがそのまま新暦に移行したのですが、
7月だと農繁期で忙しい民家も多い。
だから地域によっては
8月の15日にずらしたので、
現在「7月にやる地域」と「8月にやる地域」が
混在することになりました。
形式的には両方でやる家も多いですね。

いずれにしろ、お盆には
「あの世の入り口の門が開く」とのことで
死者の魂が戻ってくるとされます。

そこで「そうめん」なのですが、
今は亡き方の好物でもなければ、
何だっていいじゃないかと思います。

消化がいいとかも、
死んでいる人にとっては関係ない。
どうせなら、
ご馳走を食べればいいじゃないの?

そうではないんですね。

諸説あるようですが、
この「そうめん」は、あくまで「見立て」。
何の見立てかといえば、
「糸」ということです。

お盆の日には死者の魂が戻ってくるので、
せっかくだからこの現世での「お土産」を
たくさんあの世に
持って行ってもらいたい。

魂がどんなふうに
この世のモノを物色するのか知りませんが、
いろんなものをエネルギーの形で
持ち運べるのかもしれない。

ただ、荷物を梱包するのに糸が必要だ、
とのことで、
これを「そうめん」で
代用するんだそうですね。

荷物が持ち込めるなら糸だって持てるでしょ
……とは思うのですが、
この辺は生者の配慮なんでしょうね。
「この糸を使って何でも持って行っていいよ」と。

なかなかの思いやりあふれる慣習ですが、
「お盆にやっていること」には、
そんな優しさがあふれているようです。
ぜひとも覚えておきたいですね。



[公私混同の時間]

「いままでと同じやり方」ではうまくいかない

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久しぶりに天気のよかった土日になりました。
私もようやくジョギングなどができたのですが、
遠出をするという気には
なかなかなりません。

なんせ東京はこのところ、
コロナ感染者が200人を越えていますものねえ。

始まった経済活動、
しかしなかなか自然は、
元通りの日常をゆるしてくれません。
ソーシャルディスタンスをとり、
消毒の上、換気に注意して、
皆にマスクをしてもらう。
それでも演劇鑑賞で集団感染が出る事態も
起こってしまいました。

お店でも、
あるいはイベントやエンターテイメントでも、
「ソーシャルディスタンスをとること」は、
すなわち「お客さんを減らすこと」と
同義になります。

すると売上は減るし、
採算が合わない状況まで生まれてくる。

だからどうしても、
「できるだけ距離を近づけたい」と
感染予防と逆の動きが起こってしまう。
商売をする以上、仕方ありませんね。

だから根本の発想を、
まず変えなければいけないんです。

お客さんを少なくして、それでも利益を出すには
どのような手段があるか?
すぐに思いつくのは3つです。

①単価を上げる
②お客さんの回転数を上げる
③他の方法で不足分を補う

①の「単価を上げる」というのは、
「難しい」と考える人もいるでしょう。
でも、たとえば定食屋さんが
コースメニューを出したっていい。

セミナーをするところであれば、
最初からテキストのような
「オマケ」を込みにして、
そのうえで料金体系を見直すことだって
できるわけです。

②の回転数に関しては、
「コロナの今だから」ということで
時間制限をつくったり。
ランチ時でなく、
「2時とか3時に来てくれたお客さんには
値段を安くする」
というサービスをするレストランもあります。

③は「お弁当」を出すレストランが典型ですが、
別に「レストランだから食べ物」と
考えなくてもいいわけです。

イラストレーターさんに頼んで
オリジナルグッズをつくり、
料理とは別にそれを売ってもいい。
販売ルートが欲しい人と組めば、
いろんな展開が考えられます。

こうした新しい発想は、
コロナが終焉したあとでも
商売を飛躍させるビジネスモデルとして
続けていける可能性もあるでしょう。

ただコロナの終わりを待って耐えるのでなく、
やはり対処する側も
「新しい儲け方」を考えていかねばなりません。



[コロナ後の未来へ]

「小玉スイカ」の仕事術

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こちらは今年はじめて食べた
「スイカ」です。
そういう季節になりました。

といって大きなものは食べきれない。
いわゆる「小玉スイカ」というものですね。
少し前は高かったのですが、
いまは600円〜700円になっています。

そういえばスーパーでも、
いつのまにか小玉のものが
半分くらいを占めるようになりました。
やはり大人数の家族というのは
少なくなりましたから、
小さいもののほうは
需要も増しているんでしょうね。

この「小玉スイカ」というのは、
一般のスイカとは別種。
別に小さいうちに
収穫するわけではありません。

通常のスイカから
品種改良で生まれたのですが、
これも現代の核家族化や少子化とは
関係なく生まれたもの。
その歴史は1950年代から60年代にまで
さかのぼるそうです。

ちなみに「小玉」というのも
単に「小さいから」で
名づけられたわけではありません。
当時、新幹線の「こだま」が誕生したこともあり、
これに同調する形で
そう呼ばれるようになったとか。
意外でしたね。

そんなふうにはるか昔に生まれた
「小玉スイカ」でしたが、
あまり人気はありませんでした。
ようするに「美味しくなかった」わけです。

ところが21世紀に向かうにつれて
普通のスイカが
だんだんと売れなくなります。
家族構成の変化で、
大きくて食べきれないし、
切るのも捨てるのも面倒くさいし……と
家でわざわざ食べる人が少なくなっていきます。

そこで農家さんは、
「小玉」のほうに目をつけたわけです。
ようはこっちが美味しくなりさえすれば、
皆、スイカを買ってくれるのではないか?

実際、移行する農家も多かったそうですが、
品種改良の成果で小玉スイカは
普通のスイカに負けないくらいの味になり、
日本人のスイカ離れを救ったんだそうです。

そもそもスイカというのは、
古代エジプトのころからあるという
歴史のある食べ物。
努力の結果によって、
長い食文化は守られているんですね!



[公私混同の時間]

思いついたら先に宣言してしまおう

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「世界中の女性の首を
真珠でしめてご覧に入れます」

こちらはミキモトの創業者にして
「真珠王」と呼ばれた人物、
御木本幸吉さんの有名な言葉。

明治天皇に対して
大見得を切った言葉だそうですが、
その後彼は初の、
養殖真珠の産業化に成功。
現在は世界的ブランドになっている
「ミキモト」の土台をつくりました。

じつは7月11日は、
彼がはじめて真珠の収穫に成功した日
……とのことで、
「真珠記念日」とされているそうです。
1893年のことでした。

なんせ誰もが「不可能」と
思っていたことを、
「できる」と言い続け、
本当に実現してしまった方です。

当初の彼は専門家でも何でもなく、
単なる海産物の行商人です。
学校にすら通っていない。

そんな彼は、文明開化のころ、
外国人に真珠は受けがいいけれど、
伊勢志摩ではアコヤガイが
絶命の危機に瀕しているらしいと聞く。

なら「養殖ができるはずだ」と、
東大の先生に意見を聞き、
過去の文献を参照に、
奥さんと私財を投げ打って養殖業に参入。
とうとう初の産業化に成功したわけです。

何度も失敗しながらの
粘り強いチャレンジは、
かの発明王エジソンをも感心させたとか。

大ボラ吹きと言われた幸吉さん。
でも彼の中では、
「できないこと」なんて
あると思っていなかったのでしょう。

重要なのは
「できるか・できないか」ではなく、
「できるまで続けられるか」なんですね。

じつは世界がコロナに脅かされている現在、
アコヤガイにも危機が迫っていて、
昨年から「大量死」が続いているそうです。
原因はまだよくわかっていないとか。

ただでさえ販売が落ち込んでいる現在、
関連業界は皆、大変でしょうが、
やはり「できないこと」なんてない。

すべての業界に言えることですが、
これからの再生が期待されますね。



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