「誰かとともにあったもの」をたぐり寄せてみる

画像は珍しいものではありません。
「甘栗」ですね。

食べると「ああ、美味しいな」と思う。
それでも実際、
口にしたのは何年ぶりだろう。
つい、忘れていた味……になっていました。

そう言うのも、じつは先日、
亡き父親の誕生日があったんですね。
特別に何かをすることもありませんが、
「そういえば甘栗が大好きだったな」と、
ふと思い出す。

それで買ってきて仏前に供えたのですが、
「お前も食べろよ」なんて、
よく食後に自分もつまんでましたね。

考えてみればこんなふうに、
「誰かと一緒によく食べたもの」とか、
「誰かと一緒によく行った場所」とか、
「誰かと一緒によくやったこと」
……って、
誰にも何かしらあるのではないでしょうか?

その誰かは、
たとえば故郷の家族かもしれないし、
かつて親しかった友人かもしれないし、
昔の会社の先輩や同僚かもしれない。
別れた恋人ということもあるでしょう。

遠く離れたこと、
人間関係が疎遠になったことで、
いつのまにかその
「よくやったこと」も失われてしまう。

案外とこれ、自分自身にとって
欠けてしまった大きな損失である
ことも多いんじゃないかと思うんです。

いつのまにか映画を観なくなったり、
いつのまにか遠出をしなくなったり、
好きだったスポーツを
いつのまにかやらなくなったり。

歳ともに人との縁が離れていくのは、
ある意味で仕方がないかもしれない。
でも、それと一緒に
いろんなものを手放していってしまうと、
人生はだんたんと先細った
味気ないものになってしまいますよね。

だからやっぱり
「たまに思い出す」ということは
必要なのでしょう。

思い出して、1人でもいいから
実行してみる。
すると、
「こんなに自分はワクワクしていたんだな」
とか、
「こういうの大好きだったな」と。
取り戻せる感動も
あるのではないかと思います。

いろんなものが
通り過ぎていく人生でなく、
すべてが蓄積して、
いつまでも成長していく人生にしたい。

そのための工夫として、
考えてみる価値はあるのでないでしょうか。



[効率無視の仕事術]

「選挙の日」の1つの楽しみ

本日は参議院の選挙があります。
皆さんたぶん、
ちゃんと選挙に言ったんじゃないか
……と思います。ですよね(笑)

まあ、当然ながら私も選挙に行きますが、
それ自体は残念ながら、
特別にワクワクするものでもありません。

ただ、毎回、選挙に行くのは、
私にとって、自分がかつて過ごした
小学校を訪ねる機会。
それは1つの楽しみなんですね。

そうはいっても、
選挙で使う場所は限られています。

裏口と体育館、それに隣接する
小さなスペース。
写真がその場所ですが、
奥の階段を上れば
グラウンドにつながっているんですね。

だから小学校を訪ねるといっても、
メーンの場所にはまったく入れない。
ただ、それでも懐かしく思えるのは、
確かこの辺のスペースを
掃除担当していたことがあったんです。

実際、このスペースは生徒側から見れば、
学校の奥の奥ですから、
人気のある場所ではありません。

なんとなく押しつけられるような形で、
私がいた班が卒業前の
掃除をすることに
なったんじゃなかったか……。

じつはこの小学校、
私が2年生か3年生くらいのときに
改築され、
新しい校舎になったのは、
私が小学校6年生のときでした。

だから卒業前はものすごくキレイな状態で、
しかもこんな奥のスペースですから、
掃除する場所なんてありません。
ラッキーだったなと、
ほとんど遊んでいたのではないか。

なんとなく記憶がある。
流し場に、植え込みに、
小さな樹木があるスペース。
当時はもう少し、
緑が多かった印象もあります。

キレイだった校舎も、
すっかり現在は、
年季の入った建物になっていますね。

いまは子どもたちが、
どんなふうにこの場所を使っているのか?
私には想像することもできませんが、
おおむねはスポーツとゲームに拘束される
現代の小学生。
「学校中を探検する」なんてことは、
あまりしないかもしれません。

でも、確かな日常はたぶんあり、
私のようにこんな地味な場所を
掃除させられる子もいるんじゃないか?

本当にいるのであれば、
ぜひ「頑張れよ!」と言ってあげたいですね。



[公私混同の時間]

歴史は積み重なってその土地をつくる

大田区にある「池上本門寺」の一郭に、
「万両塚」という、
正方形の堀に囲まれた仏塔があります。

以前にも紹介しました。
「芳心院」という、
徳川家康の孫にあたる女性のお墓。

鳥取の池田家に嫁いでいますが、
日蓮宗に帰依して
こちらに墓所をつくっているんですね。

で、じつはその傍らを見ると、
小高い丘がある。
じつはこれ「古墳」なんです。

さらにその古墳の脇、
よく見ると、
「竪穴式住居」の跡がありました。
こちらは弥生時代のもの
……のようですね。

弥生時代の住居に、古墳に、
鎌倉時代に創建された本門寺に、
家康のお孫さんのお墓……。

なんだか「すっちゃかめっちゃ」ですが、
実際にそんなふうに、
歴史が積み重なったのがこの場所。
わかりやすいように、
ちゃんと地層もそのままに
展示保存されていました。

もともとは弥生時代、
この地方には農作をする
「村」がつくられた。

やがてその中から権力者が台頭し、
古墳もつくられます。

それからこの土地は
「神聖な土地」と
認識されたのかもしれません。
迫害されたり放浪したりと、
さんざんな目に遭ってきた日蓮さんは、
ここに流れ着いて
日蓮宗の総本山の1つである
「本門寺」のもとを築いた。

そして江戸時代になって
幕府の寵愛も受け、
さまざまなVIPも眠る
有名な聖地になっていったわけです、

そういう「過程」を
目に見えてわかるようにするため、
「遺跡発掘の途中」のような状態で
わざわざ保存されているこの場所。

境内からちょっと離れているため、
わかりにくい場所ではありますが、
見てみる価値はあるかもですね。





[仕事ができる人の歴史入門]
夏川の「日本史」入門はこちら

人がその存在を越えて残せるもの

画像、昨年の深夜に、
ときおり機会があって観ていたアニメ。

『ヴァイオレット・エヴァーガーデン』
という作品ですね。

タイトルはそのまま、
主人公の名前ですが、
そもそもは前線の兵士であり、
「人間兵器」のようなスペシャリストとして
育てられた人間です。

それが上司の恩恵を受け、退役し、
「手紙の代筆業」という
仕事をすることになります。

彼女はその仕事を通して、
人の心を知っていく……という物語なのですが、
私のように「言葉」を土台にして
仕事をしている方にはぜひ観てほしい。
なかなか素晴らしい作品です。

まあ私はさほど、
アニメに詳しい人間でもありません。
だからそれが
「京都アニメーション」
という会社の作品とは、
そのときまったく知りませんでした。

こんな機会に紹介することになったのは、
本当に辛いことですね。

その創作活動によって、
素晴らしい「人の心」を伝える人々がいる。
そんな人々が、
暴力の対象になってしまうというのは、
作家活動をしている人間にとって
憤り以外の何ものでもありません。

亡くなった大勢の方の
ご冥福をお祈りするとともに、
逸早くの活動再開をお祈りします。

この『ヴァイオレット・エヴァーガーデン』で、
私が涙してしまった、
素晴らしい話がありました。

それは余命いくばくもない母親が、
娘のために手紙の代筆を依頼する話。
ただ、手紙を残すのではありません。

「学校を卒業するときに出してもらう手紙」
「就職するときに出す手紙」
「結婚したときに出す手紙」
「子どもができたときに出す手紙」……と。

我が子の未来をすべて先取りして、
そのときに自分が言いたい気持ちを、
すべて遺していったわけです。
結果、娘は人生のおりおりに、
母親からのメッセージを受け取ることで
成長していきました。

そんなふうに、人の命はついえても、
残っていくものは永遠になる。

今回、亡くなった方々にしても、
その作品の価値は、
ずっとずっと後の世代に影響を
与えていくでしょう。

どんな理不尽な暴力も、
その力を打ち消すことなど、
決してできない。
そのことが十分に認識され、
二度とこのような悲劇が起こらないことを
切に願います。



[公私混同の時間]

500の「風鈴」のシンフォニー

本日の午後は、
久々に天気が回復していました。

そこでちょっと煮詰まった頭を解放する
気分転換。
少し車を出して、池上本門寺まで足を運んでみた。
すると、行ってみるものですねえ。
なかなかのシチュエーションに遭遇します。

画像、正面は日蓮上人ですが、
たくさんぶら下がっているものに
気づくでしょうか?

これ、「風鈴」なんですね。

ぜんぶで500個と言いますが、
すべて短冊のような形で、
お願い事を書いた紙がぶら下がっています。

なんでも今年で15回目になる
「500個の風鈴の音を聴く」という
イベントだとのこと。
人とのつながりを象徴しているそうです。

実際、感動するのは風が吹いて、
風鈴が鳴ったときですよね。
境内のこの辺りは木々に囲まれていますが、
森の中で一斉に聴く、風鈴の音……。
これは本当に神秘的ですよね。
癒されるなあ〜。

でも、お寺と風鈴って、
何か関係があるのだろうか?

じつは「風鈴」というのは、
仏教とともに伝来したという話があります。

そもそもは「風鐸」といって、
古代インドの時代から、
魔除けに使われていたもの。
これが仏教寺院にも使われるようになり、
そのまま中国へと伝わった。
法隆寺などでも、
五重塔の四隅に配置されていたといいます。

もちろん、日本にはそれ以前から
「銅鐸」などもありますから、
違和感はなかったでしょう。
それらがどんどんコンパクトになり、
普通に家で使われるようになりました。

夏に風鈴……というのは、
いまどれくらいの家庭で使われるのか、
よくはわかりません。

でも、500個あって壮大にはなっても、
1個のときと変わらない。
心を落ち着かせてくれる効果があるのは、
やはり音色の力なのでしょうね。

ぜひその音を聴きたい方は、
20日までやっているようなので、
訪ねてみてはどうかと思います。



[効率無視の仕事術]